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第4話

 それはそれとしても、だ。  注意して見てみれば、ちょくちょく二人が話している姿が目に入った。しかもいつも二人きりで話している。  もちろん社内だから至るところに人がいて、完全な二人きりでないとはいえ、ツーショットではあった。しかも宇田川がなんだか楽しそうな様子から、仕事の話がメインではないように思えた。趣味の話でもしているような様子だけれど、「趣味はやいちゃんとのセックス」とか言うタイプの陽之が、会社でそういう話をするとも思えない。なにより陽之の表情がなんとも微妙なんだ。困ったような、楽しそうな、曖昧な顔。  陽之はモデルでも通用するほどの美形だし当たりも柔らかいから、それを勘違いしてモーションでもかけられているのだろうか。  宇田川は転職してきてそう日は経っていないらしいが、前職も同じマーケティング関係だったそうで洩れ聞くところによるとだいぶ優秀らしい。そして江ノ本先輩から聞いたエピソードからしてきっと料理も上手いんだろう。世話焼き体質でもあるだろう。喋った感じ、人当たりも良さそうだ。つまりかなりの高スペック。  ……少し親し気に話しているだけで浮気だとかちょっかいかけられてるのかとか騒ぐつもりはないけれど、なんとなく怪しむぐらいは許してほしい。俺だって心配くらいはする。  なんたって、いくら仕事面は完璧でも普段は三大欲求にのみ忠実な男だ。それを俺以上に満たしてくれる存在に出会って乗り換えられない自信は、胸を張れるほどにはない。  それでも陽之との関係は相変わらず良好で、仕事も順調だった。  一度ヤっている最中に「宇田川と付き合いたいのか?」と聞いてみたけれど、「なんでそんなこと言うの」「絶対にない!」と強く否定されたからそこは信じるところだろう。なんせ嘘が付けるほど余裕がある状況じゃなかったのだから。  気になりはしつつも、そればかり気にしていちいちつっかかるほど暇でも子供でもなく、向こうは向こうでこちらはこちらで忙しく過ごしていた一週間の終わり、金曜の夜。  長くなってしまった打ち合わせから戻ると、いつの間にか陽之のデスクが空いていた。珍しく帰るのが早い。こちらも残業しているとはいえ、どちらかと言うといつもは陽之の方が遅いのに。まあ、仕事が片付くのはいいことだ。  俺の方も、さっきの打ち合わせでの内容をフィードバックさせればとりあえずは終わり。 「明日のプレゼンの準備終わったんで今日のところは帰ります」 「ええー」  晴れやかな気持ちで退社宣言をすれば、すかさず飛んでくるブーイング。もちろん相手は江ノ本先輩だ。 「いいのよ存分にリハーサルしていって。ダメ出ししてあげるから」 「それオッケー出さずに帰さないパターンですよね?」 「一緒に残ろうよー。時間潰させてよー」  アートディレクターなんて仕事は調整役の面が大きいから、それに伴う負担もクリエイティブ面とはまた違う意味ででかい。あっちの遅れがこっちに響き、さりとて本人は待つ以外できないという苦行の時間をじりじりと過ごしているらしい江ノ本さんは、言い方は悪いが暇なのに帰れない状態であがいている。  とはいえ俺がいたところでなにができるわけでもなし、こういう時は潔く帰るに限る。帰れる時は帰って休息をとるのも立派に仕事だ、と教えてくれたのはこの人なわけで。 「俺は終わったんで帰ります」 「薄情者。いいの、そういう態度取って。社内の女子間情報共有能力を舐めるんじゃないわよ」 「なんつー脅しですか」  冗談にしてはなかなか恐い文句だけど、とりあえず笑っていなす。どうせ俺の評価は元から低いそうだから、多少マイナスな記述が増えても痛くない。女子社員にモテずとも俺には最上の恋人がいるんだ。それだけで大抵の不満は飛んでいくから心にも体にもとても良い。 「飲みに行くの?」 「いや、家で飯食います」  恨みがましげな視線に対抗したところで月曜が恐いだけだから、素直に予定を告げた。  いつもは陽之が残っているのを見て、こちらも残っている仕事をやっつけつつ同じくらいの時間に退社する。それからどちらかの家にしけ込む。  でもどちらかといえば俺の家の方が頻度が高い。飯にもセックスにも仕事にも都合がいいからだ。  基本的には三大欲求を晴らす以外はポンコツの陽之は、少し慣れればなんだってできるはずなのにそういう面の努力は最初から放棄して俺が作る食事以外は外食しかしない。そして俺は俺で作るのは別に苦ではないし、陽之ほどうまそうに食われれば誰だって欲しいものをあげたくなるはずだ。  そういうわけで家に帰ってだいぶ遅い夕飯づくりをするに限る。どこかで先に飲んでいるのなら連絡があるだろうから、合流してもいいし家で飲んでもいいし。  そんなことを考えつつ江ノ本さんの怨念のこもったオーラを振り払い、家に帰る道すがら陽之にメッセージを送る。  が。  そのうち気づくだろうと、食べたいものを聞いたメッセージにも反応はなく、試しにかけた電話にも出ないまま家に着いてしまった。部屋の明かりは点いておらず、中にも陽之の姿はなし。  実はまだ退社していなくて緊急のミーティングでもあったのかもと思いはしたが、それにしたってなんの反応もなさすぎる。そういう場合は多々あるも、いつもはなにかしらのリアクションが返ってくるはずだ。  クライアントとの飲み会? それだって連絡してくる。  家に帰って爆睡してる? だったら無理やり起こす気はないけれど、いくら疲れて帰っても飯と性欲を放っておくだろうか。金曜の夜だぞ?  ただ、例えば大物のクライアントとサシの飲みの席だったらそうそう連絡はできないだろうし、逆に大勢で盛り上がっていて気付いていないってこともある。そうじゃなくたって束縛し合っているわけでもないんだ。だからちょっと連絡がないくらいそこまで気にする必要はないはずなのに。

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