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第5話

「なんかあったのか……?」  感覚でしかないけれど、なんとも言えない嫌な予感がするんだ。  適当なつまみと缶ビールを開けつつ待ってみたけれど、やっぱりなんの反応もない。そろそろ終電近い時間だというのに、まだ飲んでいるのだろうか。  心配性な母親かよと自分につっこんで、仕事ではなく普通に誰か飲んでいる可能性を考えてみた。偶然会った同級生とか、巻き込まれた合コンとか。  飲み会の多い職種ゆえ酔っ払ってどうにかなるということはそうそうないけれど、例外をふと思い出した。それは少し前の夜に交わしたピロートーク。確か例の疑惑を晴らした後だったか。 『やいちゃんさ、例えばちょっと気になってるなーって相手に、どういう状況でどうされたらよし抱こうって思う?』 『……ベタにいったら、二人で飲んでていい感じに酔ってアピールされたら普通に持ち帰るかな』  むしろそれは俺が実際に陽之を持ち帰った手だけど。  なんであの時急にそんなことを聞いてきたのか、聞いてどうするつもりだったのかは定かではない。それが、なんとなく今引っかかって思い出された。 「……まさか、な」  あれがなにかのフラグだったなんて、そんなわけはないはずだ。そういうものを隠しておける奴ではないんだから。  だから、もう一回電話をかけて出なかったら放っておこう。  執着しすぎるのもストーカーじみていて良くない。着信履歴が俺の名前で埋まっているのもどうかと思うし。  そう決めて陽之へ電話をかけると、すぐではないものの思っていた以上にあっさりと通話が繋がった。 「お前今なにやって……」 『天宮さん?』  ほっとして、だけど同時に一言文句を言ってやりたくて、陽之相手に呼びかけたはずのそれに応えた声が耳に入ってきた瞬間ぞわっと総毛だつ。  よく知る声でもないのに、俺を呼ぶその声に聞き覚えがあった。 『あ、俺宇田川です。マーケ部の。わかります?』  軽やかな響きの声は予想通り宇田川のもので、油断して緩んでいた脳が一気に起きた。  一番ありそうで、だからこそ一番考えなかった可能性。  陽之はこいつといて、俺の連絡を無視していたってことなのか?  そもそもなんでこいつが陽之の電話に出てるんだ。 『いや実はちょっと伊神さん潰れちゃって』 「は?」 『二人で飲んでたんですけど、伊神さんが飲みすぎて酔っ払っちゃったみたいで。ちょっと危ないんで送っていこうかと思ったんですけど、家わからないからとりあえず俺んちに連れてこうと思ってたところで』  まさか、という嫌な想像は困り笑いが見えるような口調で否定されたけれど、それはただ単に「最悪」じゃなかっただけだ。こいつと一緒に飲んでいたことには変わりない。  まるで取引先に納期の遅れを気まずく説明するみたいに、今の状況をまくし立てる宇田川。  アルコールじゃまったく熱くならなかった脳が燃えそうに熱くなる。それと同時に妙に背筋が冷えた。  今の時間まで二人で飲んでいたってことか? そしてこいつの前で陽之が酔い潰れたと。その陽之を自分の家に連れていくだって? 宇田川が? ……その先は? 『天宮さん、伊神さんの住所とかご存じないですよね?』 「……迎えに行く」 『え?』 「俺が迎えに行くから店の場所教えてくれ」 『え、天宮さんが? いやでも』  いい人ぶる宇田川から強引に店の名前を聞きだし「すぐ行く」と告げて電話を切った。  お前なんかに陽之を持ち帰られてたまるか。  思わずそう言ってしまわなかった自分のなけなしの理性に感謝して、震えそうになる指をなんとか動かし店を検索。駅は離れているけれど車だったらさほど遠くはない。  なんで飲んでしまったんだろうと後悔して、俺は車のキーを握る代わりにタクシーを呼んだ。

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