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第5話
「えっ!?あれって…」
『昨夜未明、帰宅途中の男性が何者かに襲われるという事件が、起きました。幸い、命に別状はなく、怪我は軽傷でしたが、被害に遭った鴨居伸治さん四十八歳は、酔っていたためと催涙スプレーを掛けられたため、犯人の顔は、分からなかったとのことです。バッグの中は、何も盗られていなく、警察では、怨恨か通り魔の両方の線で、犯人を割り出すとのことです。』
トーストをかじりながらつけた、テレビから流れているニュースに永井は、釘付けになった。
画面に映し出されている被害者の男性の顔が、つい二日前に永井を痴漢した男だったからだ。
あの日は、自分自身を中心に念入りに体を洗うくらい嫌な体験だった。あの男の匂いとか自身を弄んでいたときの湿り気のある手の感触は、今でも覚えている。
「こういってはなんだけど、天罰が下ったってことなんだろうな。」
コップの牛乳を飲み干し、テレビを消すと、冷たく永井が呟いた。
ジージー。テーブルに置いていた携帯のバイブ音が、テーブルを振動させる。テーブルから携帯が落ちそうになり、永井は、あわててそれを手に取った。液晶画面に<小木涼一朗>の文字を確認すると、永井は携帯を耳に当てた。
「もしもし。おはようございます。どうしたんですか?今日は夜勤じゃなかったでしたっけ?」
「おはよう。いやさ。それが、今から出なきゃいけなくなってしまってね。」
「それは、災難ですね。もちろん、明日の朝までですよね?」
「ああ。…でも、いいこともあったし、そんなに気分は悪くないんだ。」
小木の声は、うんざりといった声から、いつもの優しい声に戻っていた。
「いいこと?」
「今朝のニュース見なかった?一昨日、君を痴漢したやつが殴られたって事件」
「はい。それなら観ました。小木さんもあいつの顔覚えてたんですね」
「そりゃね。君に触ったやつの顔なら、忘れないよ」
「ああ。そ…そうですか」
苦笑いを浮かべ、永井はそれを返す。
「朝の貴重な時間じゃまして悪かったね。そういうわけだから、昨日の場所で待ってるよ」
「はい。また、あとで」
永井が携帯を切った。時計の針は、あと五分で家をでなくては行けない時間になっていた。永井はあわてて、空いた皿やコップをシンクに置き、Tシャツの上から薄手の大き目のグレーのニットのカーディガンをきると、バッグを肩に掛け、うちを出た。
小木と待ち合わせをしている駅までは、一駅だ。運よく来ていた電車に飛び乗ると、永井は、携帯をだし、夏希の着歴を見る。
留守電には、なにも入ってなかった。怒っているんだろうか?それとも悲しんでいるんだろうか?
永井は、お詫びのメールを打つ。
『おはよう。昨日はごめんね。具合が悪くて、昨日はすぐに寝てしまったんだ。ごめん』
今晩、夏希に電話をかけれる保障は、なぜか自分にはなくて、確実に果たせない約束ならしないほうがいいと
永井はそれだけ打つとすぐに送信した。
そして、電車も駅に着いたので急いで待ち合わせ場所へと向かった。
「おはよう」
「おはようございます」
「さっき、電話で話したばっかだから、こうやって挨拶するのもなんだか変だね」
「そうですね」
小木は、永井よりも早く来ていて、永井を見つけると、近くにいる女性たちが振り向くくらいの笑顔を永井に向けた。
永井は、男が見ても見ほれてしまう笑顔とはこのことをいうんだろうと思いつつ、患者に向けるみたいな笑みを作る。
「永井くん、睫毛に何かついてるよ。とってあげるから、じっとしてて。」
「え?はい」
小木が、永井の眼鏡をそっと両手ではずし、永井が思わず瞳を閉じると、右睫毛に優しく触れてきた。そのくすぐったい感触に
永井は、瞳を強く閉じた。
「いいよ。目を開けて」
小木が優しい声音でいう。
「すみません。ありがとうございます。」
永井は、軽く頭を下げる。
「いえいえ。永井くんって、綺麗な瞳の色をしてるんだね。」
ぼやけてはいるが、小木が自分の瞳をじっと見つめているのは分かる。永井は、小木の視線に照れてしまい、逸らしてしまった。
「そうですか?生まれつき色素薄いもんで。…あの、眼鏡返してもらえませんか?」
淡々と答えてみるものの、小木には永井が照れているのが容易に分かった。
「おお。悪かったね。」
小木が、永井に眼鏡をかける。
「うん。でも、せっかくの綺麗な瞳を隠してしまうのは、もったいないけど、それもそれでいいよね。仮面を剥がす楽しみができるってね」
「はぁ」
小木の瞳は、まだ永井を捕らえている。永井は、その視線から逃げるようにやってくる電車へと目を向けた。
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