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第11話
「先生、寝坊しました!!」
翌朝、永井は時計の時刻を見るなり、頭が真っ白になった。そして、傍らの携帯を手に取るととある人物の番号を呼び出した。
携帯が通じたと分かるといつになく取り乱した声で、永井が受話器に向かって、叫んだ。
「このバカが!?」
「すみません!できるだけ急ぎますので…」
一条の厳しい声が、永井の耳に届く。永井は、片手で器用に着替えながら、ぺこぺこと頭を下げる。
「携帯に頭さげられてもだな。俺には見えないんだから、意味ないぞ。とにかく、事故らない程度に急いで来い。きをつけろよ」
笑い交じりの声で、優しく一条が言う。
「はい。すみません」
永井は、鏡に向かい手櫛で髪を整えながら、静かに言うと、携帯を切った。そして、バッグを持ち、うちを出た。
昨日は、林さんの処置で、午前中は、忙しかったのだが、午後からは、平和だった。だから、22時には、うちに帰れてすぐに寝たはずなのに
起きた時間は、いつも永井が病院に到着している時間だったのだ。そこで、とにかく誰かに連絡をしなければと思った永井は、無意識に一条に連絡を
していた。あの車でのことがなければ、一条の携帯番号も知らないし、仮に知っていたとしても連絡をとろうなんて、思いもしなかっただろう。
永井にとって、あの時間は、大きな変化をもたらしていた。
『小木さん、すみません。今朝は、寝坊してしまって、本当に申し訳ないです。
久しぶりの一緒の出勤だって言うのに残念です。
このお詫びは、そのうちいたします。』
電車に飛び乗ると、永井は、着信とメールがあった小木にメールを返信する。今日は、久しぶりに小木と一緒に出勤する予定だったのである。
だから、メールも二通。留守電にもメッセージが二件吹き込まれており、永井は、それを見たとき、血の気が引いた。電話で、今すぐに謝りたい気持ちだったが、時間帯から言って、小木は勤務中のはずなので、メールで謝ることにした。
「怒ってるだろうなぁ」
と、一人心の中で呟いていると、少しして、返信が帰ってきた。
『おはよう(^。^) 寝坊かぁ。結構、最近、忙しそうだったから、疲れがたまってたんだね。
まさか、約束しておいて、すっぽかすなんて、なんてさ。
君がそんなひとじゃないのは、信じていたよ。
お詫びかぁ。また、逢える日を楽しみにしてるね』
メールを読み終えたとき、電車が、駅に着いた。
研修医室に駆け込むと、ちょうど佐木がソファに座り、カルテを見ているところだった。
「おはよー。珍しいなぁ遅刻なんて」
永井の顔をにやにやしながら、佐木が見る。
「ああ。おはよう。」
佐木を見ることなくそっけなく返し、ロッカーで急いで、ケーシーに着替える。
「そーいや、一条先生にお前が来たら、このメモ渡しとけって頼まれたんだ」
「早く言えよ」
佐木は、ケーシーの胸ポケットから、二つに折りたたんだメモを取り出す。永井は、佐木の声にケーシーのボタンを締めながら、
佐木の前まで、行く。
「ほら。」
永井が、手を伸ばすと、手のひらにメモを乗せた。
「ありがと」
短く礼を言い、受け取ったメモを広げその場で広げる。
『・林さんの様子を見に行くこと。
・掃除しながら、山田さんの点滴の管理
・蓮見くんのドレイン2本抜きと抜糸は、俺がいるときにやること』
そして、折り目のとおりに二つにたたみ、ケーシーのポケットのしまった。
佐木は、表情を伺うように永井の顔を見つめている。
「お前、遅刻した時、一条先生にもしかして連絡した?」
「ああ。それがどうかした?」
「いやさ。昨日から、一条先生に対してのお前が変わったなと思ってさ」
「気のせいだろ」
永井は、そっけなく返したが、内心は、自分でもそれは自覚があった。
昨日は、一条に誘われ、食堂で一緒に昼食をとってしまった。
「接してる時の表情が違う」
人差し指をたて、指摘するように佐木が言う。
「よく見てんな」
苦笑いを浮かべ、永井が返す。
「そりゃさぁ。お前に興味のある人間その1としてだな」
「危ない言い方するなよ。あ、行かなきゃ。それじゃ、ありがと」
永井は、腕時計に目をやり、あわてたように研修医室を出て行った。
佐木は永が去っていった方向を見やり、ため息をついた。
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