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第19話

 「やめろっ!!」  永井は、自分の叫び声で目が覚めた。  頬に一筋の涙が伝う。    「ゆ……め?」 上体を起こすと、辺りを見渡した。裸眼の為、ぼんやりとしか見えないが、今、自分は、白いベッドの上に おり、白い壁に白いカーテン、そして、白い机など白で統一された部屋にいるのは把握できた。  つい先程まで、永井はあの特別室で背後から何度も犯される夢を見ていた。逃れようとしても太い腕で拘束され、自分の無力さに涙が溢れると男は、何度も永井の顔をデジカメで撮るのだった。気力を振り絞って叫んだところで、夢から覚めた。  一瞬、病院を彷彿させる白い空間に少し動揺したが、あれは夢だったと実感できると心底安心した。  「眼鏡は?」 永井は、手探りで眼鏡を探す。 すると、枕元に綺麗に畳まれた布の塊の上に眼鏡が置いてあるのを発見した。永井は、安堵の笑みを浮かべ、それを掛けた。途端に心許ない視界が、良好になり、布の塊が、昨日着ていた カーディガンだと分かるとそれを羽織った。  ふと左手首の指の跡が、目に入り、一条から借りた腕時計がないことに気づいた。枕元を見るがそこにはなく、永井は、もう一度辺りを見渡した。  視界の端にベッドの下に落ちている腕時計を見つけた。  腕を伸ばし、それを取ろうとする。しかし、シャツが胸を擦り、乳首からヒリヒリとした痛みと忌々しい感覚が走り、永井は、眉をしかめて動きを止めた。  「痛っぅ……っ……」 小木と呑んでいたときは、過敏になる程痛みは感じなかったが、今は男に犯された直後と同じくらい痛い。夢の中でも執拗にそこを攻められた記憶があるので、永井は、夢のせいで神経が過敏になっているだけなんだと、言い聞かし、腕時計を拾い上げた。  コンコンコン。 突然ノックがし、永井は、思わずタオルケットを手繰り寄せ身構える。 「おはよう、永井くん。」 聞き慣れた声とともに入ってきたのは、小木だった。 小木は、朗らかな笑みを浮かべたまま真っ直ぐベッドに近づき、その端に座った。そして、永井の肩に手を添え、瞳を覗き込んだ。 「おはようございます。もしかして、ここって小木さんの家なのですか?」 「うん。そうだよ。ごめんね。君の呑みっぷりのよさについつい注ぎすぎちゃったみたいでさ。タクシーに乗った途端、寝ちゃうんだもん。起こそうとしたんだけど、なかなか起きないから、うちまで連れてくるしかなくてね。二日酔いは、大丈夫?」 「それは大丈夫です。タクシーに乗ったところまでは覚えているのですが、それ以降のことは、全く覚えてなくて……。いろいろとご迷惑おかけして、すみません。」 「いいよ。気にしないで。僕は君に頼られるのは、結構嬉しいんだから。そうだな。今度僕が酔ってどうしようもない時は、君が僕のことを介抱してくれればいいよ。」 「はい。その時は、お世話させてください」 「ありがとう、ねえ?随分とうなされていたみたいだけど、悪い夢でも見てた?汗すごいよ。」 顔を近づけ、永井の額に手を触れる。男同士とはいえ、至近距離で見つめられ永井は、照れを感じ少し俯く。 「……はい。小木さんが、仰るとおり、嫌な夢を見ていました。」 「そっかあ。それなら、シャワーでも浴びてすっきりしてきたら?それともあと1、2時間くらいなら寝れると思うけど、どうする?服だったら、僕のを貸すよ。」 「お心遣いはありがたいのですが、一旦家に戻ります。」 「そう。まだ始発出てないから、タクシー呼ぶね。せめてコーヒーくらいは飲んでいって。」 「本当に何から何まですみません。小木さんに頼りっぱなしで。……っっ」 小木が、ベッドから降りると永井も後を追うようにベッドから降りようとしたが、尻の後ろにピリッとした痛みを感じ、一瞬だけ痛みに顔を歪めた。小木は、僅かな変化すら見逃さず、振り向き、永井を見つめた。 「どうしたの?具合悪いの?まだ寝てればいいのに。」 「いえ。大丈夫です。なんでもないです。これ以上小木さんの好意に甘えるわけにもいきませんので、帰ります。」 「そんな冷たい事言わないで、どんどん頼ってよ。」 「!?」 小木が、ふわりと永井の身体を抱きしめた。自分の背中に回された腕に見えない感触に永井の身体が強張っていく。 「今更緊張しなくていいんだよ。昨日は、僕の胸であんなに泣いていたっていうのに。さっきも言ったよね?僕は君に頼られるのが結構嬉しいって。なんかね。永井くんって、弟に似てるんだ。15年前に死んだんだけど、生きてれば、ちょうど永井くんくらいの歳かな?だから、つい永井くんがほっとけなくなってしまうんだよ」 「……小木さんが親切なのって、そういう理由があったんですね。だから、優しかったのですね。弟さんの代わりにはなれないかもしれませんが、また誘ってください。いろいろとありがとうございました。」 小木は永井の肩越しで、柔和な笑みを浮かべ、優しくゆっくりと永井の背中を撫でる。 優しい声音に心では、甘えてしまいたくなるのだが、背中に感じる恐怖心に永井の身体は頑なさを増す一方だ。どうにか小木を傷つけずにさりげなくその腕から逃れたいのだが、小木の腕の中は、緩く抱きしめているはずなのに抗いがたい力強さがある。 「本当にまた誘っちゃうよ?」 「はい。……あの、えーと、その……。」 「そろそろ夜が明けるね。タクシー呼んでくるね。」 小木は、永井から離れると今度は振り向くことなく部屋を出ていった。 一方残された 永井は、その場にへたり込み、未だに震える指先や身体に残された痛みに耐えながら、ベッドの下に置いてあったバッグに手を伸ばした。そして、中から携帯を取り出した。 電源を切ったつもりは、ないのになぜか携帯の電源が切れていた。 「あれ?俺、いつのまに電源切ったんだろ?充電切れかな?」 小首を傾げながら、電源をいれた。 永井は、夜、一条から来た電話に『今すぐに逢いたい』みたいなことを自分で言ってしまったことを思い出した。それに一条が乗ってくれたことも覚えている。 永井の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。耳まで真っ赤にしながら、永井は、一条に電話を掛けた。しかし、10回鳴らしても、一条にはつながらなかった。 着歴を見ても0時過ぎにかかってきたあの電話きりで、留守電も何も入っていなかった。 きっと、所詮、酔っ払いの戯言だと思って、受け流しただけなのだろう。永井は、そう思ったが、そう思った途端に悲しくなってしまった。 一条は、面倒見のいい指導医なだけで、夜中に逢いたいと言って逢ってくれるような恋人みたいな存在ではないのだ。 しかも、自分は一条と同じ男。そんなわがまま聞いてくれるわけがない。  永井は、携帯の画面を寂しげにみつめ、気持ちを切り替えるように携帯を閉じると、それをバッグに閉まった。 「永井くん、タクシーは15分くらいで来るってさ。」 小木が、ドアを開けた。 「どうしたの?なんかあった?寂しそうな顔してる。」 「え?なんでもないですよ。15分ですね。分かりました」 笑みを作り、永井は、バッグを肩に掛けると、部屋をでた。  「お砂糖とミルクは入れる?」 リビングの白いソファに座る永井にコーヒーの入ったデカンタを持った小木が聞く。 「いえ。ブラックでいいです」 「うん。分かった。」 カップにコーヒーを注ぎ、永井の前に置くと、小木は、永井の隣に座り、自分のカップにミルクを二つ入れて、コーヒーを注いだ。 「すみません」 永井は、あたりを見渡しながら、コーヒーを一口飲む。 ベッドがあった部屋と同じで、白で家具が統一されている。清潔で爽やかというよりは、永井には、不思議で空間に感じられる。 「どうしたの?」 コーヒーカップをてにしながら、さりげなく小木が、永井の腕を掴む。 「小木さんて、白が好きなんだなあって思いまして…」 「うん。好きだね。白ってさ。汚しがいあるからね。」 「汚しがい?」 「小さいとき、泥遊びが好きでね。まだ、その癖が抜けないみたい。そういえば、永井くんの肌も白いよね。色素薄いし、鼻も高いけどハーフではないんだよね?」 小木が、永井の目を見つめながら、腕を掴んでいた手を移動させ、頬に触れた。 綺麗な顔に至近距離で見つめられ、永井の心臓は、早鐘を打つ。 「まさか。どう見てもこの顔は、日本人ですよ。髪目の色も茶色いのも生まれつきです。」 「そっか。」 小木が、微笑む。永井は、吸い込まれそうになるが、視界に掛け時計が目に入り、我に返った。 「あっ…、そろそろタクシー来る時間なんで、帰ります!ごちそうさまでした」 一気にコーヒーを飲み干し、立ち上がった。 「またね。今度はいつ逢える?」 「えーと、今週は、他の病院にも行かなきゃならなくって、それに新しい患者さんも来るので、約束するのは難しいです。確実ではない約束はしたくないので。」 「それは、残念だな。仕事なら、しかたないよね。僕も三日に一度とか四日に一度は、夜勤だからね。メールするから、今度からは返してね」 「はい。今度からは、返すようにします。それでは、病院で。」 「それじゃ、またね。エレベーターは、ここでてまっすぐいったとこにあるから」 「はい。ありあがとうございます。失礼します」 永井は、一礼をしてから、小木の部屋をでた。 部屋を出てから、気づいたが、小木の部屋には、永井が寝ていた部屋の他に玄関の側にもう一部屋あり、八階建てマンションの一番奥にあるみたいだ。 閑静な住宅街の中にあり、外観は、オフホワイトでシンプルだが、永井の部屋よりは高そうである。  外に出て、永井が、マンションを見上げていると、そこにタクシーが、止まった。それに乗り込み永井は、期待と不安で胸を募らせた。  

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