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第20話

 20分程で、タクシーは、永井の家の付近まで辿り着いた。永井はそこで降ろしてもらい、マンションまで歩き出した。すると、マンションの真下に見覚えのある黒いクラウンが止まっているのが、目に入った。  永井の鼓動が速くなるの比例して、その足取りも早くなっていく。  あと2mという所で、永井は、車に駆け寄った。そして、後部座席の窓から中の様子を眺めた。  運転席には、案の定一条が、煙草をふかしながら、苛立たしげに前を見据えていた。  その姿は、黒いジャケットにインナーに黒のタンクトップを着ており、そして、サングラスを掛けているせいか白衣姿の時以上に威圧感を醸し出している。  「う…そ……。」 「……。」 驚きで声が思わず漏れてしまった時、ミラー越しに一条と永井の目が合った。一条は、ミラー越しに口だけで笑みを作ると、永井がいる側の後部座席の窓を開けた。 「お帰り、永井くん。」 「…た…だいま」 ミラー越しのまま一条は、わざとらしいくらい優しい声音を出した。それが、より一層の罪悪感を感じさせ、永井は、しどろもどろで返事をする。   「俺との約束を反故にするくらいだ。よっぽど楽しい夜を過ごしてたんだろうな」 「すみません! 俺、あの電話の後、呑みすぎて、寝てしまって、知り合いのうちに泊めてもらってたんです。起きたら、明け方近くになっていて……。もしかしたらと思って、先生に電話したのですが、応答がないから、てっきり、あの約束は、酔っ払いの戯言だと思って、受け流してたんだろうと今の今まで思ってたんですよ。」 「たしかに一時間程前に着信があったな。その時は出る気も起こらなかったよ。その前にひとが電話しても切るし、また掛けたら、今度は、電源ごと切りやがってさ。その酔っ払いの戯言を信用した俺がバカだったってことが分かったよ。まさかこの俺が、研修医ごときに弄ばれるなんてな。とんだ笑い種だ」 永井は、一条が、居酒屋以降にも電話を自分に掛けてくれていたという話に疑問を持ち、バックから自分の携帯を取り出すち、もう一度着歴を確認した。   何度見ても、一条からの着信は、居酒屋以来一件もないのだ。 「待ってください。今、着歴確認したんですけど、先生からの着歴は、居酒屋以降一回もないですよ」 「え?たしかに俺は、三回は掛けたぞ。ほら、一時半に掛けたのだけは、分かるだろ?」 一条が、携帯の発信履歴の画面を出し、やっと永井の方を振り向いた。そして、手を伸ばし、窓から携帯を永井に手渡した。永井は、それを受け取ると、画面を凝視した。一条が言うように一時前に一条は自分に掛けているのだ。 「そうですね。でも、どうして、俺の携帯には着歴がなかったんだろう?」 「ひとつ聞いていいか?今度は責めるつもりはないから、正直に答えてくれ」 「はい」 携帯を一条に返しながら、永井が頷く。 「一緒にいた知り合いってやつとは、何もないんだろうな?」 「ないですよ。相手は、男ですよ。俺は、ただベッドを借りただけです」 「性別は、この際関係ないだろ?俺は女に見えるのか?」 「いえ。……あっ」 一条の気持ちに漸く永井は気付き、思わず、窓から顔を出し、一条の顔を見てしまった。鼓動が、また早くなっていく。 「バカか。やっと、気付いたのか。」 「はい。すみません」 呆れたようにいい、一条が永井の目を見つめた。その目は、先ほどとは違い、慈しみが込められている。 「そんな言葉が、俺は欲しいんじゃない」 「……。」 永井の中で、嬉しいという気持ちが沸いた反面、強姦されたことやそのせいで背面恐怖症になってしまい、一条を昨日何度も傷つけてしまったことや蓮見とキスしたことが、胸を過ぎり、後ろめたいという気持ちが、葛藤する。 「……。」 「やっぱり、あれは、酔っ払いの戯言だったってわけか。悪かったな。貴重な朝の時間を使わせて。……窓閉めるから、下がれ」 静かに一条が言う。  このままでは、一条が行ってしまう。今、一条を行かせてしまったら、2度とここには来てくれ無いだろう。  そう思った永井は、覚悟を決めた。  「……うちに来てください」

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