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第22話
「でも、何のために先生にこんなの送りつけたんでしょう?」
「お前に送ったんなら、お前に対しての嫌がらせか脅しだろうが、俺に送ったてことは、お前と蓮見がデキてるって、俺に思わせるためだろう。蓮見が、仕込んでいたか別の誰かなのはわからないがな。」
「そんなことして、何の利益が?」
「ちゅっ……」
「先生!?」
神妙な面持ちで永井が、考えるていると、一条が、永井の頬に口付けた。
突然のことに永井は、頬を押さえて驚きを露にする。
「頬のキスもまずかったか?」
一条は、無邪気な笑みを向ける。
永井が初めてみる一条の表情に永井は、こんな事態なのに心が軽くなっていく気がした。
「まずくはないですけど……。真剣に人が考えてるっていうのに……。」
「俺としては、お前の気持ちが、俺に向いていると分かったから、こんなモン送りつけられても、だから、どうだって話だよ。くだらない」
「もうちょっと真面目に考えてくだ……っ」
今度は、いいかけた永井の口唇の端にあるほくろに掠めるだけのキスをした。
そして、
「さて、そろそろ出ないと、二人そろって、遅刻だぞ。」
頬を赤らめかたまったままの永井の左手首を掴み、その腕時計を見ながら、一条が告げた。
「あっ、俺、すっかり、仕事のこと忘れてました」
「バカか!永井、スーツ持ってるか?ちゃんと返すから、今日一日貸して欲しいんだが。この格好でさすがに仕事するわけにはいかないからな」
「そうですね。持ってますけど、先生のサイズに合うかどうか」
「大丈夫だろ?肩幅は同じくらいだし、丈も…問題は丈か…」
「そう。丈なんですよ。あ、でも、待ってください。一着、俺には少し大きいスーツがあったはずなんで……。」
「おお。すまないな」
永井が、一条から離れ立ち上がると、リビングの隣にある自分の部屋へと行く。そして、ビニールケースに入っているプラダの濃いグレーの細いストライプ柄のスーツと白いYシャツ、シルバーのネクタイをとり、リビングへと戻った。
「これ、義兄からのもらいもので、俺には大きくて……。」
「悪いね」
一条にスーツを手渡すと、永井は、自分の部屋へと戻った。そして、もう一度、クローゼットを開ける。
「久しぶりにネクタイでも締めてみようかな」
ひとりごちて、白地に黒のストライプ柄のシャツと濃紺にサックスの大きめドット柄のネクタイ、黒のスーツを取り、それを身に着けた。
スーツを着るのは、大学の卒業式以来なので、なんだか違和感が残るが、永井は、鏡を見ながら、ネクタイと髪の毛を整える。
「永井、そろそろ出ないと本当に遅刻するぞ」
ドアを開け、一条が言う。
「はい。大丈夫です」
いつものバッグを肩に掛け、永井がリビングに入ってきた。思っていたとおり、義兄のスーツは、一条にぴったりで、見惚れてしまった。
「どうした?」
一条を見たまま、放心状態の永井に一条が聞く。
「あまりにも似合いすぎて見惚れてました。」
「そんなかわいい事言っても仕事中はいつも通りしごかせてもらうぞ。」
「分かってます。俺もプライベートと仕事はわきまえているつもりです。」
「お前なら、そうだろうな。それにしてもお前もスーツか。永井がスーツなんて珍しいな」
「変ですか?」
「いや。いいんじゃないか。就職活動ぽくて」
永井の曲がったネクタイを直してやりながら、一条が言う。
「ひどい」
「あはは。」
ふくれっつらで、永井はそれを返すと、一条が笑い出した。
「なんですか?」
怪訝な顔で永井は、一条を見る。
「そういう顔もするんだなとおもってさ。ほら、いくぞ」
一条が、永井の腕を掴むとふたりは、永井の部屋を出た。
一条の車に乗るのは、今回で、二度目というか三度目になるのだろうか。
永井は、少し窓を開け風を感じながら、窓の外を眺めている。
永井は、初めて一条の車に乗った時の事を思い出していた。
「……先生、初めて逢った時と今の俺って、印象違いますか?」
「最初は、生意気なやつだと思ったけど、今は、逆にその生意気さが、かわいくてしかたないよ」
「……。」
「……。」
一条が、視線を永井の方に移す。永井は、視線を感じ、一条の方をみると、視線と視線が重なりあった。逸らさず、じっとその目を見つめると、一条が口元をわずかに歪め、再び前を向いた。
「だが、昨日の永井は、電話でも言ったが、なんだか危うくて、見ていて心配だったよ。」
「危ういですか?……あの時は、自分の中でいろいろあった時でしたので、不安定だった自覚はあります。」
「俺が、安定させてやることは、無理なのか?」
信号が赤になり、一条は永井を見つめた。
「その言葉だけでも十分ですよ。でも……」
窓へと目を向け、深く深呼吸をする。
心に溜めていたことを永井は、吐露するつもりだった。これで、一条が自分を受け止めてくれなくなっても悔いはない。と、自分に言い聞かせる。
「聞いて頂くだけでいいです。俺が、不安定になってしまった理由をお話しします。」
「ああ。例の理由か。もう少し時間が、経ってからでも俺は構わない」
「お気遣いありがとうございます。でも、俺は、今聞いてほしいのです。」
「……そうか」
一条は静かに頷き、前を見据えた。
「一昨日の夜、俺は当直だったのですが、なかなか寝付けなかったのです。そこで、患者さんの様子を見に病室を回っていたんですね。
最後に蓮見くんのところを回り、当直室に戻ろうとしたとき、隣のー高橋医院から来た先生の患者さんがいる病室ーから、俺を呼ぶ声がしたので、
そこに行き、鍵が開いていたので、一歩足を踏み入れてみました。たしか、電気が消されていて、真っ暗でしたね。そしたら、横から、突然霧状のもを掛けられて……。今、思えば、催涙スプレーだったのかもしれません。そのせいで、目が、痛く涙が止まらなかったので、眼鏡をはずして、痛みに耐えていたのです。するといきなり背後から、腕で首を絞めてきて、キスされて、舌が俺の口の中に入ってきて……。男の腕力に俺は全く抗えませんでした。」
永井は、淡々とした口調で話す。そこまで話すと、一条が腕を伸ばし、永井の手を握った。
「もう話さなくていい。そこから先は、想像がつく」
一条は、永井の話を聞きながら、非常に痛ましい気持ちになると同時に永井をこんな風にした犯人が、許せないという怒りが沸々と沸いてきていた。
「でも、全部まだ話してませんよ。」
「もういい。聞きたくない」
「いえ。話します。まだ、続きがあるので」
「……。」
永井は、一条の指に自分の指を絡め、強く握り返した。
「その男は、カメラかデジカメかは分からないのですが、そういうのを持っていたみたいで、時折、小さなシャッター音が聞こえました。
アイマスクをされて、後ろで両手首を縛られて、背中を蹴られて、俺はソファに転がされました。男が俺の腰に馬乗りになり、口を布のようなもので塞いで、ケーシーのボタンを全部はずされて、スラックスも下着も脱がされて、弄られて、撮られて……。最後に男は、自分のモノを俺に挿入してきました。
あまりの痛さに途中で、俺は、意識を失ってました。目覚めたら、ひとりで、服を着たまま、ソファで寝てました。……そのあと、おそらく男から、その時撮ったものと思われる画像が、俺の携帯に送られてきたのです」
眉をひそめ、一条の指を解き、それを戻そうとするが、逆に一条に指を絡められてしまった。
「本当に悪かった。何も知らなくて、俺というやつは、お前にひどいことを言ってたよな。俺は、お前の痛みを経験したわけでは、ないから、完璧にわかってやることはできないが、それでも、すこしでも、お前の傷が和らぐように努めていきたい」
「……。」
一条は、永井に真摯な眼差しを送る。永井も一条の方を見つめ返し、絡めあった指をもう一方の手で包んだ。
言葉だけでも永井には、本当に嬉しくて、この車にいる間だけでも、一条の手を手放したくなかった。
一条もこの頼りない指を手放さないようにしなくては、と強く心に誓った。
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