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第26話
一条は、デスクの椅子に深く腰かけ、ソファの前にいる永井を見つめたままゴム手袋を手にはめた。
ふたりの距離は、2mもない。
永井は、一条の視線を感じながらデスクに背に向け、ベルトのバックルを外すと潔く下着ごとスラックスを脱ぎ去った。ついでに靴下も脱ぐ。
途端に白い素足が、晒され、一条の目線は項から白衣の隙間から覗く太腿へと降りていく。
女と比べれば柔らかさはないが、適度なハリと透き通るような白さは、艶かしく、屈むと尻が、見えそうで見えない様は、扇情的である。
思わずゴクリと、唾を飲み込んでしまい、一条は、自分の唾を溜飲する音で理性を取り戻した。
(あくまでも医療行為である。)
そう自分に言い聞かせ、塗り薬を手に取った。
「準備はいいか?」
「はい
「来い。」
「失礼します。」
永井は、一条の前へと歩き、一旦立ち止まると互いに向き合うように彼の膝を跨ぎ、そのまま腰を下ろした。自分を見上げる視線や素肌に布地が触れる感触にじわじわと羞恥心が押し寄せ、視線を一条の後方にあるデスクに向けた。
「少し大変かもしれないが、腰を浮かすようにして、前に体重を掛けられないか?俺の首に腕を回してもいいし、デスクに両手をついても構わない。お前が楽な方を選べ。」
一条は、平静を装い淡々と指示を出す。
(あくまでも医療行為である。)
そうは分かっていても一度感じた羞恥心は消えず、一条の首ではなく、デスクに両手を着くことを選択した。
「息を吐いて、力抜け。」
「はい。フーッ」
永井は、瞳を閉じ、一条にかからないように浅く息を吐く。
「つらかったら、俺の肩に顎のせていいぞ」
「大丈夫です。」
「そうか」
一条は、チューブの中身を右中指にとったあと、左手で彼の白衣の裾を捲り、そのまま永井の尻の後ろへと右中指をゆっくりと薬を内壁に塗り込むように侵入させた。
「痛いか?」
「大丈夫です。」
第一関節まで入り、一条が、優しく労るように声を掛けた。
永井は、たしかに尻の後ろに異物感は、感じるもののあの時とは違い、痛さは全く感じない。
「そうか。もう少し奥まで入れるぞ。」
「お願いします。フーッ。」
再び浅く息を吐くと一条は、中指をより慎重に奥へと推し進めた。侵入はできたものの内壁が、一条のそれに絡み付くように締め付ける。絶妙な締め付け具合いに理性が飛びそうになるが、ぐっと堪え冷静さを装う。
「痛かったら、痛いと言えよ。」
「大丈夫で……っぁ…」
中指を全て飲み込んだ時、ズキッとした痛みを感じ、永井は、眉をしかめた。
「ここに傷があるみたいだな」
「そう…みたいですね。」
「裂傷場所は分かったから、夜はそこを重点的に塗るとしよう」
「はい。お願いしま……って、夜は自分でやりますので、大丈夫ですよ。」
「遠慮するな。」
「痛っ!?痛いですよ、先生!!」
一条が、裂傷箇所を指の腹で撫でると永井は、顔を上げあまりの痛さに一条の頭をポカポカと殴る。
「ははは。悪い悪い。抜くから力を抜いてくれ。こんなに締め付けられたら、指1本でも抜くのが、大変だ。」
と、いうよりも、指を抜きたくなくなるというのが、一条としての本音だ。あまりの締りのよさに溺れそうになる気持ちを意地悪をすることで保っているようなものだ。
「締め付けてるつもりはないのですが……。フゥ。」永井は言われたとおり浅く息を吐く。一条は、その呼吸に合わせてゆっくりと指を永井の尻の中から指を抜いた。
「っ……」
指が抜ける瞬間の浅い部分に指が触れる感触に永井の中で、身体中が熱くなるような感覚が、芽生えた。それは、一瞬だったが、呼吸すら忘れる程の衝撃だった。
その余韻で、今は股間がジンジンと痺れて熱く硬くなりつつある。
「いいよ。治療は終わった。降りていいぞ。」
「は…はい!!」
永井は、自身の変化に戸惑い、逃げるように一条の膝から降りると即座に背を向け、ソファに向かった。
(なんで、こんな事になってるんだよ‼)
ソファに戻るなり自分の身体の変化など感覚でどうなっているかは分かっていたが、改めて目で確認するために白衣の裾をチラリと捲った。
予想通り自分自身が半分頭をもたげていた。指を抜かれた時の衝撃は、そのまま快楽に直結している事を永井は、この時初めて知った。
「この様子なら、ドレインに変えても問題なさそうだ。今、管を細いものに変えるから、多少痛むかもしれんがじっとしてて下さい。」
「……うん」
一条が、蓮見の腹に刺さっている管の様子を見ながら告げ、手際よく太い管から、ドレインと呼ばれる細い管に変えていく。蓮見は、自分の傍らに立っている永井に首を傾けた。しかし、永井は、蓮見の視線に気づいてはいるもののメモと一条の手元を交互に見ているだけで、蓮見の顔を見ようとしない。
「終わったぞ」
「蓮見くん、朗報だよ。明日ドレイン抜いたら、明後日の一時に退院してもらうね。おかあさんの了承は、今朝来たときに得たから。」
処置が終わり、ようやく永井は蓮見の顔を見た。
「朗報なわけねえだろ。明後日って、わざとですか?」
蓮見は、永井の白衣の裾をつかみ、睨みつけた。
明後日というのは、蓮見と永井が、約束をした日のことだ。
蓮見の退院は、回復状況から一条が判断し、今朝決まったことである為本当に偶然なのである。永井としても病気の回復は医師として喜ばしい事だが、人として、罪悪感が全くないわけではない。
「本当にごめんね。わざとではないんだ。俺としても、蓮見くんとの約束は、果たすつもりでいたんだよ。せめて、お見送りはするから。」
「そう。お見送りね。なあ?おっさん、一時退院って事は、また入院って可能性もあんだろ?」
「全くないわけではないが、まさか?」
「冗談だよ、冗談。俺、Mじゃねえし、さすがに自分の傷口広げるような事はしねえよ。」
「蓮見くん、冗談きついよ」
永井が、苦笑いを浮かべる。
「明後日までは、よろしくな、永井先生」
「うん……。」
蓮見が、永井の手を握ってきたので、、永井もせめてものお詫びにとその手を握り返した。
「永井、次いくぞ」
「はい。それじゃ、明日ね」
一条が、せかすように言うと、永井は、蓮見の手を自分からそっと離させた。
蓮見が、一条を睨みつける。
「悪いね。永井の患者は、君だけじゃないんだ」
「んなの分かってるよ!」
蓮見は口を尖らせた。
「それなら、いいんだが」
淡々と言い、一条がきびすを返すと、永井が、そのあとについていくように二人で、病室を後にした。
「先生って、蓮見くんに厳しいですよね?」
階段を降りながら、永井が疑問を口にした。ここの階段はあまり利用者が多くないため移動時、一条と永井は自然と今日はエレベーターよりもここを利用する事が多くなっているのである。
「それは、お前があいつにつけ入る隙を与えすぎるからだろ?手なんか握らせやがって。それと明後日ってなんだ?何か約束してたのか?」
「ええ、まあ。病室に行く約束をしてただけですよ。それだけです。」
「ほお。会ってあいつはお前に何するつもりだったんだろうな。」
一条は、不機嫌な声をあげる。
「先生、まさかあんな若い子に妬いてるのですか?」
「屋上での事があるから、気が気じゃないんだよ、俺は。嫉妬もないわけじゃないが、傷ついているのに無理してるお前を俺はもう見たくない。ただそれだけだ。」
「先生……。」
「そう言うわけだから、夜の治療は決行するぞ。傷ついているお前は見たくないからな。」
「え?先生それは……っ」
一条はニヤリと笑みを浮かべてから、素早く永井の頬にキスをした。
ドサッ。
同様のあまり永井は、バインダーを落とした。
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