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第34話
日差しが眩しい。ドライブには、もってこいの天候である。少しだけ永井は、メタリックグリーンの車の窓を開け、気持ちのいい風を感じている。
「目立つ車だな。」
「大学の時から、乗ってる」
ボソッと佐木が、言い、マルボロライトを一本口に銜え、火をつけ、煙を吐き出した。
「悪い」
「なーんか、謝られる方が傷つくよ。マジ俺に興味ないんだな。ま、いーけど」
「……。」
永井が、佐木の横顔を見ながら言うと、ちらりと永井を見やり、つまんなさそうに呟く。
会話が途切れ、永井は、窓のほうに再び目を向けた。体調の方は、悪くない。ただ精神的に疲れているのは、自分でも分かる。
きっと、一条は、それを察知して、自分を帰らせてくれたのだろう。今頃、一条は、仕事をしているのだろうか?それとも、仮眠をとっているのだろうか?
気になって、仕方なくって、思わず、鳴りもしない携帯を膝の上においているバッグから、取り出し、眺めてしまう。
「そんなに携帯気になるん?」
「別に」
信号待ちになり、佐木が、ニヤニヤしながら、永井を見る。永井は、携帯を見たまま、淡々と答える。
「一昨日だったかなぁ。お前、一条先生の車で、出勤してただろ?朝、駐車場で、先生の車から出て行くお前見て、けっこー驚いたよ。あの、落雷以来、そんなに仲良くなってたんだなお前ら。」
「たまたま、乗っけてもらっただけだよ」
「へぇ。どこから?先生んちって、病院行く時の通り道なのに全然、車もお前も見なかったけどなぁ。俺には、わざわざお前をお迎えに行ったかお前んちに泊まったとしか思えないんだけど?どうなん?」
「…俺のうちに先生が、泊まったんだよ。相談が、あったから。」
「それなら、そうと正直にいえば、いいやん。隠すことないだろ?男同士なんだからさ。」
「佐木の言い方が、変だから、隠したくもなるだろ?」
永井は、珍しく声を少しだけ荒げ、佐木を睨みつけた。佐木は、にっこり笑い、何かを納得したように大きく頷いた。
「おお。初めてだな。そうやって俺の前で感情的になんのって。そーいや、一条先生には、最初からケンカうってたりしてたもんなぁ。よっぽど、お前にとって、居心地のいい相手なんだろうな。一条先生って。」
煙草の火を消し、じっと佐木は、永井の目を見つめる。からかいの中にもその眼差しには、永井が気付かない感情が含まれている。
「たしかに頼れる人だとは、思うよ」
当直室での一条のぬくもりを思い浮かべながら、きっぱりと言う。
「いいなぁ。一条」
ぼやくと、正面に向き直り、佐木が、新しい煙草を銜えた。
「なんか言ったか?」
「なんでもねぇよ。具合悪い奴は、寝とけよ。着いたら、起こすから」
「佐木、俺のうち知ってるの?」
「もちろん。公園の近くだろ?俺の情報網、軽く見ちゃ困るね。」
「……」
自慢げに言う佐木を永井は、怖いものを見るようにちらりと見ると、寝れるかは分からないが、起きていたら、一条とのことを詮索される危険性があったので、言われるまま、そのまま目を閉じた。
「たく、眼鏡はずせよ。」
佐木は、永井が寝たのを確認するとそっと永井から眼鏡を外した。
「おい!起きろよ。お前んちってこの辺だよな?」
佐木が、永井の肩を軽く揺する。
「んんっ…。んぁあ。」
永井は、寝ぼけ眼を擦りながら、裸眼のぼんやりとした視界のまま佐木を見つめる。
滅多に何も知らない永井は、佐木の手を押しのけ、周りをきょろきょろと見渡す。
「おーい。大丈夫か?」
「うん…。て、たしかにすぐそこのマンションは、俺のうちだよ。ここまで知られてるのって、本当怖いんだけど…」
「だぁから、俺に隠し事しようたって、無駄なんだよ。」
佐木が、永井に顔を近づけ、人差し指で永井の鼻を突く。永井は、漸く目が覚めたといった顔で、佐木の顔をぼんやり見ると、それを掴みと、ぱくっと口に銜えた。
「お、お前っ、なにすんだよ!?」
かなり動揺した素振りで、佐木は、永井の口から自分のそれを出した。
「う〜ん。なんとなく、そうすれば、離れてくれるかなぁと思って。」
言いながら、永井は、自分のシートベルトはずした。
「今度、そんなことやったら、襲うぞ!」
人差し指を擦りながら、言う。
「大丈夫。そんなこともうしないから。それじゃ、お疲れ様。今日は、一条先生の頼みとはいえ、どうもありがとう。」
佐木に軽く頭を下げてから、永井は、ドアを開け、車を出た。
「もう二度とお前なんか乗せねぇよ!」
そう、言い捨て、佐木は、猛スピードで、車を走らせた。
帰宅後、永井は、シチューを煮込んでみたり、久し振りに実家に電話をしてみたり久し振りにゆったりと時間を過ごした。
ソファで、うつらうつら仕掛けていた時、握り締めていた携帯が、振動し、目が覚めた。見なくても、それが誰かは、察知がついた。
「もしもし。」
笑みを浮かべ、永井は、携帯の向こう側の人間にしゃべる。
「もしかして、寝てたか?」
低く上品な声が、永井の心にすっと染みこんで行く。
「いえ。起きてましたよ。あ、でも、ちゃんと寝るつもりではいたんですけど…」
「そうか。じゃあ、じゃましては悪いな。切るよ。」
「えっ!」
思わず、永井は叫んでしまった。ひとりの部屋に響いた声に永井は、恥かしさを感じ、ほんのりと顔を明らめる。
「ははは。そんな驚かなくてもいいだろ。冗談だよ。俺だって、もうすこしだけお前の声を聞いていたい。」
「……」
一条の言葉に縛られたように永井は、携帯を握り締めたまま、硬直する。
「黙られては、携帯の意味がないだろ?」
「そ…そうですよねぇ。えーと、そちらは、何か変わったことはありました?」
「今のところないな。静かだよ。まぁ、それもそれで怖いがな」
「そうなんですかぁ。このまま何事もなければいいですね。」
「そうだな。たまには、ゆっくり寝れる日も欲しいよな」
ジリジリジリ。携帯の向こうから、電話の音がし、永井は、息を潜める。この音は、ナースセンターからの呼び出しの電話の音だ。
「先生」
「ああ。分かってる。明日、またな」
「はい。」
一条は、永井の返事を聞くと、すぐに携帯を切り、電話に出た。
それは、思わぬ患者だった。
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