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第41話

ピピッピピッ。目覚し時計の規則正しい電子音がし、永井は無意識にそれを止めようと頭上に手を伸ばした。すると、隣から、伸びた手が永井よりも早く音を止めた。 「おはよう。具合は大丈夫か?」 「せ、先生?お、おはようございます。少し気だるさは、ありますが、大丈夫です。」 隣に一条がいる事に永井は、驚くが、すぐに笑みを浮かべて返した。 その声は、普段より掠れている。 「そういうわりには声が枯れてるな。少し掠れた声というのなかなかそそられるが、今日は休んだ方がいいんじゃないのか?風邪と言う事で今なら承るぞ。」 「お気遣い有り難うございます。でも、平気です。休むわけには、行きませんよ。」 「そうか。」 パサリ。永井が、上体を起こすと、かけ布団が膝に落ち、裸の上半身が露になった。 そこで漸く永井は自分が全裸だと気づいた。 「あれ?俺、なんで裸?」 永井は、昨日の記憶を反駁する。 公園で車を止めて、一条とキスしながら、何度も射精したのは覚えているが、薬がいつ切れて、どうやってベッドに入ったのかは、永井の記憶には全くなかった。 「それに先生が隣?あれ?そもそもここって?」 永井は、辺りをキョロキョロ見渡し、ここが自分の家でない事にも漸く気づいた。 そこは、広い空間の隅に大きな観葉植物があり、出窓から朝日がこちらに向かって差し込んでいた。出窓の逆側には、ブラインドがあり、隙間から部屋のようなものが見えた。 そして、今いるベッドは、大の男が二人寝ても余裕があり、布団も質のいい高級な物だと言うことは肌触りで十分に分かった。 すべて、モノトーンで統一された家具たちも高級そうだ。 「ここか?ここは、俺の部屋だ。あのまま寝られてしまったからな。うちにつれてきたという訳だ。」 「すみません!!先生には、なんと言っていいか。俺、色々と粗相をして、本当に申し訳ないです。」 一条が慌てふためく永井の様子をひとしきり楽しんでからやっと答えを返した。 「いいよ。その分身体で返してもらったから。酷いな昨日はあんなに激しく俺の事求めてきたのに。覚えてないのか。」 「え!?俺、先生としたのですか?」 「ああ。ほら、この手首はお前に噛まれた跡だ。」 一条は上体を起こし、包帯が巻かれている右手首を永井の前に差し出した。 一条も永井と同じ全裸である。 「すみません。俺、キスは覚えてるのですが…。それと手でしてもらった事も。本当にごめんなさい。それ以上の事は全く記憶になくて。慰謝料払わないと。」 「冗談だ。最後まではしてない。お前が覚えてるところまでで合ってるよ。この手首は、お前の噛み跡じゃなくて名誉の負傷ってやつだ。」 「あ…」 永井は、一条の手首を手に取り、昨日小木と一条が殴りあった時に負傷した怪我であることを思い出した。 「謝らなくていい。昨日のことは、知り合いにメアドのことについての報告を受けていて、俺が助けに行くのが遅かったのがいけないんだ。」 永井の言葉を遮るように一条が言う。 「でも、手首に怪我させてしまって、」 「気にするな。俺が油断したのがいけなかったんだ。二、三日経てば大丈夫だろう。俺としては、生きてお前がここにいることが、本当に嬉しいよ」 永井を抱きしめ、そのうなじに顔を埋める。 「はい。俺もこうして先生の側にいれてよかったです。でも、どうして、俺が小木さんのうちにいたのを知ってたのですか?それとどうやって?」 一条の背に腕を回しながら、永井が疑問を口にする。 「用があるといわれた時、お前が小木に会うのを確信したんだよ。それと、入ったのは、ベランダだ。隣の住人に適当に言って、隣から移ったというわけだ。鍵を開けておいてくれたのはお前じゃないのか?」 「いえ。最初にベランダを開けたのは、俺ですが、小木さんも一緒にでたので…。おそらく、小木さんが鍵を掛け忘れたのだと思います」 「と、いうことは、せっかく俺が『ベランダあけろ』と、叫んだのは、意味なかったというわけか」 「あ…」 一条の言葉に永井は、エレベーターでの会話を思い出した。そういう意味だったのか。今頃気付いた自分に言葉を失ってしまった。 「もういい。済んだんだ。それでいい。」 言い聞かせる様にいい、瞳を閉じたままぎゅっと腕を強くした。  『今朝、連続催涙スプレー傷害事件の犯人が、捕まりました。犯人は、Y市立大学附属病院に勤める小木涼一朗(30)。警察が自宅に行ったところ、素直に出頭に応じたとのことです』 「先生!」 永井が、一条に借りたスーツに着替えてから、テレビをつけると、小木のニュースが流れていた。 大きく深いソファに座り、それに見入りながら、キッチンにいる一条を呼ぶ。ちょうどコーヒーを淹れていた一条は、コーヒーを運びながら、テレビ画面を凝視した。 「これで、ひと安心だな。ほら、コーヒー」 テーブルにコーヒを永井に手渡し、隣に座った。 「ありがとうございます。でも、俺、あの時小木さんの条件を結局は、飲まなかったことになるのですよね?どうしよう。小木さんが今までの自分の犯行を全て自供したら。俺のせいで、先生に何かあったら…」 コーヒーを一口すすり、不安に揺れる瞳を一条に向けた。 「お前は何も悪くない。俺の事は、気にするな。ただ、お前は一人前の医者になることだけを考えればいい。もうお前を脅かすものはなくなったんだから。俺にとってお前が平和に暮らしていくことが一番大事な事なんだよ。」 「有り難うございます。。」 一条が、永井の肩を抱き、まっすぐ永井を見つめる。その声や眼差しに永井は、少しだけ表情を和らげた。そして、カップをテーブルに置くと、瞳を閉じ甘えるように一条の肩に頭をもたれさせた。  このぬくもりに身を委ねてしまえば、ありとあらゆる外敵から自分を守ってくれそうな気がしてしまう。その反面、ゆだねしすぎてしまいそうな自分が男として怖い。そう思いながらも、永井は時間の許される限り、一条に寄り添っていた。 一条は、永井の不安をかき消してやりたいと願いながら、永井の肩をずっと抱いていた。

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