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第42話

 スーツ姿の男が、クリーニング屋に入っていく。 車の中で永井は、その背中を眺めていた。 間もなくして男は、車に戻ってくると運転席に座った。 「待ったか?」 「いえ。先生本当に有り難うございます。俺の服まで一緒にクリーニングに出して頂いて。」 「ついでだ。それよりも俺がやったパンツの履き心地はどうだ?」 「どうだって言われましても履き慣れないので落ち着かないですよ。」 永井は、苦笑いを浮かべる。 昨日永井が身に付けていた衣類は全て洗えるものは洗い、残りはクリーニングに出してしまったので、今永井が身に付けている衣類は全て一条のものである。 一条が持っている下着は全て黒のビキニパンツだけであり、普段、無地の地味めなトランクスを履いている永井としては、ビキニの下半身が締め付けられる感触がどうもなじめずにいた。 「ああ。永井は、トランクスだもんな。俺としては、こっちの方が収まりがよくていいがな」 「オレは、開放的なほうがいいのですよ」 「性格は、ストイックなのにな」 「お互い様です」 「はは…。そうかもしれんな。さて、いくとするか」 声とともに一条は、エンジンをかけ、車を走らせた。 車中、永井は頭に沸いた疑問を一条に聞いてみた。 「俺、車汚したりしませんでしたか?それが、気になって…。」 「安心しろ。車は大丈夫だ。換気もしたし、消臭剤もしたし、臭いも大丈夫だと思うが?」 「…具体的に言われると居たたまれないです。」 永井は、昨日異常に積極的だった記憶が甦り、項垂れてしまう。 「それにしても、あの時のお前は、積極的で困ったよ。」 「う”…。自分でも途中までは覚えてるんですから、そのことは、言わないで下さい。思い出すだけでも恥かしいのですから。」 一条の言葉に追い討ちをかけられ永井は、頬を赤く染めた。 「恥ずかしがることもないだろうに。俺はお前のいろんな面が知れて嬉しいよ。冗談は半分にして、本当に体調は大丈夫か?熱っぽいとか何か後遺症みたいなものは残ってないか?」 「熱っぽいと言うのはないのですが、少し腰が痛いくらいなので、おそらく後遺症はないかと思います。先生の方こそ、手首は?」 永井が包帯が巻かれた一条の手首を見つめる。 「ああ。念のため、整形外科で診てもらうよ。骨は大丈夫だが、筋を少し痛めたかもしれん。多少動かす分には問題ないよ。心配しなくていい。」 「すみません。」 「オレが油断したのが悪いんだ。幸いにも今日は、手術は、そう難しくないものが一件あるだけだから、なんとかなるだろう」 永井に安心してもらおうと笑顔を作り永井をチラリと見やった。永井もぎこちないながらも笑顔を返した。  病院に着くと、院内の様子がいつもより騒がしい。永井と一条は、地下駐車場から、エレベーターに乗って、医局に向かったから、大丈夫だったものの電車や徒歩で来ているものは、 マスコミ陣の中を掻き分けて、院内に入らなければならなかった。  「おはよう今朝のニュース見たかよ?」 「おはよう。…何も佐木、その格好で現れることないだろ?」 研修医室に永井が入ると、佐木が、右手にケーシーを持ち、白いスラックスに上半身裸のまま興奮しきった顔でロッカーから現れた。その姿を目にした永井は、苦笑いで返した。 「だってぇ。小木って言えば、お前知り合いだろ?それが、あの連続暴行事件の犯人で捕まったとなりゃ、びっくりするやん」 「うん。そうだね。」 いきおいおよくしゃべる佐木とは対称的に永井は、そっけなく受け答えた。この事件の原因が自分にあると知っている永井としては、あまり振れて欲しくない話題である。 「あんま驚いてないんだな。普通は、すんげーテンションあがんない?」 「逆だよ。知り合いだからこそ、ショックもある。だから、その話はもう終わり。早く着替えたら?」  永井が、佐木の前を横切り、ロッカーへと向かおうとしたとき、ノック音がした。  「はい」 佐木と永井が、同時に返事をすると、ドアが開けられた。永井が、後ろを振り向くと、なにやら作業着を着て道具を持った男が二人とスーツ姿の男が三人入ってきた。どう見ても病院関係者でないのは、たしかだった。スーツ姿の一番年配の男が、ポケットからなにやら取り出し、永井と佐木に見せた。それは、警察手帳だった。 「私は、M署の本橋だ。ここを調べさせてもらう」 「なんですか?」 食いつくように佐木が返した。永井は、盗撮ビデオのことを思い出し、カメラを探しに来たのだろうと察知する。ビデオや元のデータは、消したはずだ。やはり、まだ画像は存在していたのだろうか? 作業着男を見ながら、背中に冷や汗を掻いた。 「知っているとは思うが、ここの病院に勤めている看護師が、逮捕された。そいつが…」  「警部、見つかりました!」 「おお!?でかした!!」 本橋が、言い終わらないうちに作業着男の一人が、声をあげた。一斉に皆が、男が指差したロッカー側の天井の隅を見上げた。もちろん、永井もだ。そこには、小さいが、カメラのレンズらしきものが、ゆっくりと動いている。作業着男たちは、ロッカーに回り、カメラの取り外し作業に取り掛かる。 「カメラって…。なんか事件と関係あるんすか?つーか、なんで、カメラなんて、設置?」 「これは、別件だ。」 「別件〜っ?」 本橋は、きっぱりいい、ロッカーへと歩いていった。その背中に向かって、佐木が、叫んだ声が研修医室に響く。好奇心に目を輝かせながら、佐木が、まくしたてる。 永井は、カメラの取り外し作業を見ながら、手のひらを握り締めた。 「…佐木、声大きいよ。いいかげん着替えて、ここ出よう。捜査の邪魔になるから」 「げっ!?俺、上半身裸のままじゃん!!!」 永井が、佐木の肩を叩き、ぼそりといい、佐木を研修医室から出るように促すと、彼は、再び、叫び声をあげ、慌ててケーシーを頭からかぶった。 「待たせてすまないね。ビデオの撤去と現場の写真は、撮ったから、こっちは退散するよ」 永井の誘導により二人が、研修医室を出ようとした瞬間、作業服の男たちを伴って、本橋が、どっしりとした足取りでロッカーから出てきた。 「いえいえ。何か捜査のお役に立てたら、光栄です!ご苦労様でした!!」 「ああ。また調べにくるかもしれないが、普通に使っていてくれて構わないよ。それでは」 本橋が、淡々というと、男たちが、研修医室をでていった。 「……。」 「……。」 佐木が、右手を額に翳し、本橋に敬礼をした。しかし、本橋は、無表情ではあるが、佐木ではなく、永井を見ていた。その視線を黙ったまま、永井は受け止め、本橋を見つめ返した。 緊迫した空気が、二人の間に流れる。 「…永井雅哉さん」  最初に沈黙を破ったのは、本橋だった。 「はい。何でしょうか?」 「すまないね。もう普通にここを使っても大丈夫だから。もうここには、何もない。」 「はい。ありがとうございます」 本橋が、永井に言い聞かせるように永井に告げ、永井が言葉を返し終わらないうちに研修医室を出て行った。永井は、本橋が、ほんの一瞬だけ、自分のことを哀れむような目で見たのを見逃さなかった。 もしかしたら、この人は、小木の犯した一番重い罪の事を知ってるのかもしれない。と、永井は、一瞬にしてそんな気配を感じ取った。 『第二外科の一条先生、至急、院長室へお願いします』 夕方になり、医局で永井が書いたカルテを永井と一緒にチェックをし

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