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第44話※

「!?」 ガチャン。シンクの中で皿が割れた。  ふいに永井は背後から抱き締められ、驚きとまだ拭えない恐怖のせいで、肩をびくつかせ皿を落としてしまったのだ。 この背中に感じる温もりの正体は一条だと分かっているが、何もリアクションを返せずにいた。 「……。」  せめて皿の破片を拾わなくては。と、永井は思いそれに手を伸ばそうとすると一条が、永井の手首を片手で封じ、もう一方で、水を止めた。 「…怖いか?」 耳朶に口唇を寄せ、低く上品な声を注ぐ。  いつも聞いている一条の声なのに背後にいると言うだけで、永井の身体は、みるみるうちに強張り、背中や額には冷や汗が滲んで行く。 「お…皿拾わない…と……」 永井が、声を震わす。 「質問の答えになってないな」 「……」  一条が冷たく言い、腕を強くした。永井は、俯いたまま息すらままならない。  この腕の温もりに何度も安堵を感じたはずなのにそれが背後からというだけで、何故こうも恐怖を感じてしまうのだろう。愛しいひとのはずなのに。たしかに『怖いなら言え』と言われたことは、あるが今それを言葉で伝えてしまったら、先生は二度と自分に触れてくれないのではないかという考えが、永井の中を巡り、『怖い』という意思を言葉で、表示できずにいた。 「黙っていては、分からないだろ?嫌だと言ってくれ、そうすれば離れるから」  永井の耳に届いた3度目の声は、前とは違い、幾分か柔らかく聞こえた。 「嫌…じゃない。…こわくなんか…ない」  永井は声を振るわせつつも、そう一条に伝えた。きっと先生の顔を見れば大丈夫になれるはずだ。そう思った永井は、ゆっくり首を横に動かし、一条を見つめた。すると、目と目が合い、無表情だった一条の顔に動揺の色が走る。 「なぜ、こんなに汗掻いて、顔色も悪くしてるのに言わないんだ?身体だって、声だって震えてるじゃないか。」 「それは、今それを言葉にしてしまったら、先生からも自分からも逃げることになると思ったからです。それに今拒絶したら、先生にもう触れてもらえないんじゃないかって思ったからです」 「お前ってやつは…」 永井がきっぱりと告げると、一条は、苦笑いを浮べた。 「3度目の先生の声は、なにか違っていたから、顔を見れば安心できるんじゃないかって思って、だから…んんっ」  一条の口唇が、永井の言葉を塞いだ。  一条は、両頬を挟み、優しく永井の口唇を吸い上げた。永井もそれに応えるように一条の首に腕をまわし、彼の舌に自ら絡ませ、深く濃厚な口付けを仕掛ける。  一条もそれに怯むことなく永井の口腔を犯していく。永井の眼鏡に一条の額が当たり、それがずれても構わずふたりは、口唇を求め合う。 「んんっ…はぁ…」  キッチンを背にし、一条の身体を受け止めながら、永井は色香の漂う吐息を漏らす。 それは、無意識なものではあるが、一条の本能を煽っていく。頭の中が蕩けていくような感覚が、たまらなく気持ちいい。つい先ほどの青ざめていた顔から一変し、永井の頬は紅潮し、体温が上昇していくのを止められずにいた。  カタン。シンクの中に永井の眼鏡が落ち、永井が動きを止めた。 「先生っ、眼鏡」 「ああ。それくらい買ってやる」 「んっ…」 永井がシンクに落ちた眼鏡を見やると一条もそれに目を落とすが、そっけなく答え、再び口付けを再開させた。  今日の先生は、いつもの自分に気遣ってくれていた彼とは違うと、永井は、一条と口付けを交わしながら、感じていた。  そして、一条の口唇は、下方へと降りていき、喉仏にキスの烙印を落とす。 「あうっ…」 そんな口唇が触れただけでも、永井の身体は敏感に反応しくぐもった声を漏らす。 「前々から、敏感だと思っていたが、これくらいでも感じてしまうのか?」 「そんなことは…はうぅっ」 永井は、一条にからかうように言われ、恥ずかしさから、目を逸らすが、一条の指が固くなりつつある永井の両乳首をシャツ越しに撫で上げたので、永井の口からは、自分の声とは思えないような高い声が漏れてしまった。 「そんな声も出るのか?こっちが我慢できなくなりそうだ」 「あぁっ…」  一条は、ニヤリと笑ってから、永井のネクタイをはずし、床に落とす。そして、永井の肌を撫でながら、もう一方の手で器用に彼のシャツのボタンをはずしていく。徐々に空気に晒されていく白い肌にキスの烙印を落とし、永井を翻弄する。 「ああんっ…先生っ…はぁぁん…」  一条の少し髭の伸びた頬が、白い肌に触れる感触が堪らなく、永井はシンクに掴まり首を逸らし、快感に酔い痴れる。痛いくらい敏感な赤く熟れた乳首を口に含めて舌で転がされれば、艶のある声を発し、背をしならせ、潤んだ瞳で一条に快感を訴える。どのスイッチを押しても期待以上の反応を見せてくれる身体に一条も夢中で、貪りつく。  「やっ、先生…」  カチャカチャ。一条が、身を屈め、永井の脇腹を吸い上げながら、永井のベルトを外し、下着ごとスラックスを下ろした。 一条の眼前に勃立した自身が晒され、永井は、思わず下半身を捻り、それを手で隠そうとするが、一条に手首を拘束され、そうはさせてくれない。 「何を今更恥ずかしがってるんだ?お前のものなど何度も見てるだろうが。それにこの間は俺の手でお前を抜いてやったじゃないか?」 膝立ちになった状態で、一条が口許を歪ませ永井を見上げる。 「それは…。でも、こんなに側で見られるのは、照れますよ」  口唇を散々貪ったとは思えないほど、その耳まで赤くし照れている永井の表情は、生娘のように初々しい。 「そんな顔されるともっと辱めたくなるな。苦しいんだろ?一度だしちまえ」 「先生?…はぅぅ」  ニタリと笑うと、一条は、永井自身を口に含んだ。そして、口唇で吸上げながら、裏筋に舌を這わせた。いつ爆発してもおかしくないそこは、一条の温かく湿り気のある口腔に押し込められ、ドクンドクンと脈打たせ、発射寸前まで上り詰める。 「だめですって、先生にそんなこと似合わないですって…はぁ」 「いいからっ」 「はぁぁあっ…でちゃっ…うぅ……」  一条は、限界寸前の永井を感じ、それを口に含んだまま、見上げる。永井は、腰を引いて自身を一条から引き抜こうしたが、一条が、自分の喉まで深く永井自身を挿れてきたので、逃げ場のなくなった永井は、そのまま一条の中に欲望の丈を放出してしまった。 一条は、それを残らず飲み込んだ。  「昨日散々出した後だって言うのによくまあそれだけ出せるな。若いと違うんだな」 「先生…」 永井自身からゆっくりと口唇を離し、口元を拭いながら、一条が立ち上がった。永井は、照れくささから、俯きか細い声を出す。 「本当にかわいいなお前は」 「……」  一条の手が永井の顎を掴み上向かせ、見つめる。裸眼の永井の顔は、何度か見たことがあるが、この薄茶の瞳は、いつ見ても引き込まれてしまう。きっと永井に魅かれたことのある人間は、この瞳に惑わされるのだろうと、一条は思った。  ぼんやりとした視界ではあるが、永井は、一条の鋭い視線から目を逸らせずにいた。

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