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第9話
「さむっ」
中庭のベンチに腰掛けた俺はぶるっと身震いした。夏が近づいてるというのに夕方になると薄手のシャツ1枚じゃ少し肌寒い。
慎吾早く来いよなぁと思いながら手持無沙汰にスマホをいじる。
「水沢の弟?」
ふいに声をかけられて顔をあげると目の前に五十嵐さんがいた。
「体調はもういいのか?」
五十嵐さんが優しく微笑む。
「あ、はい……昨日はすいませんでした」
鼓動が早くなるのを感じて俺はすっと五十嵐さんから目線を外した。
「体調悪いならちゃんと断れよ弟。でもそういうできない無理するとこ水沢と似てるけどな」
五十嵐さんがふっと笑う。
「俺は兄さんとは違います!それとその弟ってのやめてください!」
睨みつけながら怒鳴ると五十嵐さんは驚いたように少し目を見開いた。
鼓動がうるさすぎて。この人は兄さんとどんな知り合いなのかとか、どこまで俺のことを知っているのかとか思考がまとまらない。
「悪かった。水沢とは高校の同級生なんだ。だからつい……」
五十嵐さんは少し困った顔をして俺の頭を優しく撫でた。
「ふっ……う……」
何の涙かわからない涙が俺の目に溢れる。
五十嵐さんが困ったなと呟く。そりゃ困るだろう。たまたま合コンで出会った知り合いの弟に話しかけたら泣き出したんだから。
「悪かった」
俯く俺の前にしゃがみ込んだ五十嵐さんが俺の目を見つめた。その目があまりにも真剣でうるさすぎる鼓動の中、俺は視線を逸らすことができなかった。
「どうした?翔」
はっと聞き慣れた声に顔を向けると慎吾が不思議そうな顔をしていた。
「泣いてんの?お前」
言いながら慎吾が俺と五十嵐さんを交互に見る。
「泣いてないっ」
ずずっと鼻を啜って俺は立ち上がった。
「またな、翔」
すっと立ち上がると俺の頭をふわりと撫でて五十嵐さんは歩き出した。
「イケメンだな」
慎吾が呟く。
確かに去り際までイケメンだよ。今まで俺の周りにはいなかった人種だ。
それに比べて俺は……そのイケメンに怒鳴るわ泣くわ……鼓動も静まり冷静になると恥ずかしいことこの上ない。
「どう頑張ってもお前はイケメンにはなれねぇから心配すんな」
大きく溜息をつく俺に慎吾が意地悪く笑う。
「思ってねぇよ!」
歩き出す慎吾の後ろから怒鳴って俺も歩き出した。
あえて泣いた理由を聞かない慎吾の気遣いが心地よかった。
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