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第10話

あの怒鳴って泣いての醜態を晒した日を境に、五十嵐さんは俺の前によく現れるようになった。それはもう今まで見かけなかったのが不思議なほどに。 「翔も今から昼飯か?」 言いながら当たり前のように俺の隣に座る。 慎吾を見るともう慣れたかのように驚きもせず軽く会釈をしている。 大分ましになったとはいえ五十嵐さんを見ると俺の鼓動は早くなる。醜態を晒した恥ずかしさも勿論あるけど、兄さんを知っているということが一番大きい。 「五十嵐さん、彼女と食べればいいのに」 「いないからな」 定食の味噌汁を啜りながら俺が言うと五十嵐さんが即答した。 嘘だ。藤崎曰く、合コンにも来ていた同じ学部の山下青葉さんって人と付き合ってるらしい。学部内では知らない人はいないほどだとか。 やっぱり人は嘘をつく。わかってはいてもどうでもいい嘘をつく意味がわからない。 五十嵐さんに彼女がいようがいまいが俺にはどうでもいい。昼飯やら休憩やらを俺達といるのがわからなくて彼女といればいいと言っただけの話だ。 「翔って愛想ないよな」 黙々と食べ続ける俺に五十嵐さんが声をかける。 「ぶっ」 堪えきれず吹きだしたのは正面に座る慎吾だった。 「ごちそうさま!」 ガタンと勢いよく立ち上がり食器を持ってその場を後にした。 ちらっと振り返ると慎吾と五十嵐さんが何か話している姿が見えた。 五十嵐さんが嫌いなわけじゃない。 ただあまり関わりたくはない。 最近五十嵐さんといることが増えたせいで、話したこともなかった学部の女の子から声をかけられることが増えた。五十嵐さんと仲が良いのかとか、どこに住んでるかとか、趣味は何だとか……。 一緒にいることが増えたと言っても、俺は返事を返すくらいで五十嵐さんは慎吾と話してることの方が多いくらいだ。 五十嵐さんについてわかったことと言えばモテるということくらいか。 「おいていくなよ」 中庭のベンチでぼんやりしている俺の隣に慎吾が座る。 「なぁお前……」 慎吾の少し低い声のトーンに体がびくっと一瞬身体が跳ねる。その様子に気づいたのかいつもの小言の口調で続けた。 「苦手だからってあからさまな態度とるなよ」 へいへいとスマホをいじる俺に慎吾はそれ以上何も言わなかった。

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