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第18話
それから二週間ほぼ毎日慎吾の家で話をしている。と言っても、優しかった兄さんと何をして遊んでいたかとか、どんな話をしたかとか、そんな思い出話だから泣き喚くようなことはない。
時折ぴりっと棘が刺さるような痛みはあったりするけど理由はわからないままだった。
今日も話に行く予定だったので、まだ講義中の慎吾に学食で待ってるとLINEを送った。
「これは……どうなんだよ」
慎吾とのLINEのやり取りを見ながら思わずぼそっと口に出した。
普段俺も慎吾もスマホで連絡は取り合わない。というより、学部も同じだし、ほとんど毎日顔を合わせるわけだから取り合う必要がなかった。
それが、だ、最近のやり取りをスクロールして読み返してみる。
『今バイト終わった18時には着く』
『気を付けて来いよ』
『明日の講義は1限目から』
『おやすみ』
『今日来れるのか?』
『16時くらいには終わりそう』
『家で待ってるから急がなくていい』
『今から行く』
『家着いた、風呂入って寝る』
『おやすみ』
何この付き合いたてのカップルみたいなやり取り。時折、猫やらパンダやらのスタンプが挟み込まれているのがまたヤバイ。
泣き喚いたあの日から報告・連絡・相談をきちんとしろと慎吾がうるさく言う。
あんな風に泣く俺を見て慎吾が心配する気持ちもわかる。
逆の立場なら俺だってきっと同じようになる。なるけど!これは、何て言うか……ちょっと恥ずかしいぞ。
「何ひとりで面白い顔してるんだ」
透き通るような低めの声に振り向き見上げると、楽しそうに微笑んでいる五十嵐さんがいた。
「面白い顔って……」
むぅと口を尖らせる俺の隣に座り、開きっぱなしのLINEを覗き込んで顔をしかめた五十嵐さんが気持ち悪いとまるで独り言のように小さく呟いた。
「江角、だっけ?仲良いんだな」
何も言えずに俯く俺に冷ややかな口調で五十嵐さんが言った。
何だ?怒ってる、のか?でも何で?確かに慎吾とのLINEのやり取りに恥ずかしさはある。でもそれは慎吾が俺を心配してくれているからであって、今までならこんなやり取りしなかった。どうしてそれを関係のない五十嵐さんに気持ち悪いとか言われなきゃならないんだ。
考え出すと腹が立ってきた。
「それが、何です?」
「お前なぁ……」
苛立ちにまかせた強い口調の俺に頬をひきつらせた五十嵐さんの怒りを含んだ声に苛立ちも忘れて逃げ出したくなった。
綺麗な顔の人の怒った表情は冷たくて怖い。
「どうして、五十嵐さんが怒るんですかっ」
内心びくつく気持ちを振り払うように早口で捲し立てた。
「お前が苛つかせるんだろうが!」
五十嵐さんの強い口調にびくんと体が跳ねるのと同時に『お前見てると苛つくんだよ!』と俺の頭の中で兄さんが怒鳴った。
苛立ちも虚勢も瞬く間に萎んでいった。
「怒らないで下さいよ、五十嵐さん」
どうして俺は人を苛つかせてしまうんだろう。
父さんも、水沢の母さんも、兄さんも、五十嵐さんまで……。そんなつもりないのに……せめて笑いたくて、でも顔を緩めると泣いてしまいそうな気がして、ぎこちなく笑うことしかできなかった。
「――翔」
はっとしたような顔の五十嵐さんの手がゆっくり伸び、次第にその手が俺の頬に近づく。その眼差しは暖かく、でもどこか寂し気で俺は戸惑いを感じた。
「翔?」
「慎吾!」
振り向いた先にに見えた慎吾の姿に安心して表情が緩んだ。
「何かあったのか?」
伸ばしかけた手を戻し不愉快そうな顔をしている五十嵐さんと困惑している俺を交互に見ながら慎吾が聞いた。
「あ、いや……うん」
どう説明していかわからず、困って笑うしかできなかった。
舌打ちをした五十嵐さんはちらっと俺を目の端で見て去って行った。
「五十嵐さん、機嫌悪くなかったか?」
遠ざかって行く五十嵐さんの背中を見つめながら大きく溜息をつく俺に後ろから慎吾が訊ねた。
「慎吾も俺に苛ついたりする?」
「はぁ?……ったく、苛ついてたら五年もお前の世話をやかないだろ」
慎吾は口を軽く開けたまま呆れたような声を出し、まだ不安の色を隠せない俺に溜息交じりに呟きながら帰るぞと歩き出した。
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