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第20話

   どれくらい時間が経っているんだろう。 存在を主張するように振動していたスマホも今は動かない。 家に帰りベッドに倒れ込んでから眠っているのか起きてるのかさえわからない。 兄さんとの記憶だけが決壊したダムのように流れ込んでくるだけだった。 『お前まで俺を馬鹿にするのか!』 兄さんが怒鳴りながら“オレ”を押さえ込んでいた。 この時の兄さんはすごく機嫌が悪そうで、怒られるのが怖かった俺はなるべく笑おうとしてたんだっけか……。 イヤダ、ヤメテ、タスケテ 人形のように繰り返されるその声も、もう何度目だろう。 大学受験を控えた兄さんがストレスの()け口にしたのは“オレ”だった。 『何故俺があいつと同等に見られなければいけない!』 兄さんは怒りを吐き出すように激しく腰を打ちつけた。その痛みから逃れようとする“オレ”の腰は強く掴まれ引き寄せられる。 逃れられない痛みに耐えている“オレ”の身体は痛々しいほど揺さぶられていた。 『俺はあいつより優秀な人間のはずなんだ!なのにどうして五十嵐に勝てない……っ!』 兄さんが絶望と怒りの混ざり合ったような声で吐き捨てた。 ニイサンハ、イガラシニ、カテナイ。タスケテ、イガラシ 兄さんの気が済むまで続くその行為の間中“オレ”は、タスケテ、イガラシと繰り返していた。 逆らうこともできず、(しいた)げられ続ける“オレ”の唯一の希望がイガラシだった。 イガラシ、ニイサンカラ、タスケテクレル 他力本願な“オレ”に俺の心が冷えていく。漫画やドラマじゃあるまいし、どんなに願ったって神様やヒーローは現れない。そんなものに(すが)って何になる。 イガラシ、ニイサンヨリ、ツヨイ だとしても、イガラシは助けてくれないじゃないか。 イガラシ、タスケテクレル、シンジテル 信じてる?そんなのは何もできない自分への言い訳だろ。 いつもそうだ勝手に信じて裏切られたと相手のせいにして逃げてばかりじゃないか。 チガウ チガウ チガウ 泣き叫ぶような“オレ”の悲鳴が頭に鳴り響く。 いい加減認めろよ俺は――。 ダレニモ、ヒツヨウト、サレテイナイ さっきまでうるさく鳴り響いていた“オレ”の声が無機質な音に変わり俺を埋め尽くしていく。 ヒツヨウト、サレテイナイ、ダレニモ、イガラシニモ 聞いているのか見ているのか、埋め尽くすそれに意識が深く沈んでいった。

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