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第26話
チャイムが鳴り玄関に向かうその人を見送りながら、俺はまた追いかけたい衝動に駆られた。
俺、寂しいの……か。
思い出せないその人がそばにいないことが寂しい。
そんな自分の感情に戸惑う。
以前、藤崎に慎吾がいないと寂しいかと聞かれたことがあったけど、つまらないとは思っても、こんな風に不安で寂しくなることはなかった。
思い出したい、あの人の事――。
「大丈夫かい?」
こめかみに手をあて俯 く俺に話しかける声に顔を上げた。
思い出せないあの人と同じくらいの身長の人が俺と目線があうようにしゃがみ込んだ。
包み込むような柔らかな表情、眼鏡をかけた知的な顔が少なくとも俺より5歳は年上なんだろうなと思わせた。きっちり着込んだスーツも清潔感を出していて嫌な印象はない。
ないけど――。
知らない顔に心細くなり、あの人を探すように視線を泳がせた。
「大丈夫、俺の兄だ。一応医者だから」
壁にもたれかかっていたその人が俺の視線に気づいてゆっくり頷いた。
「一応ってひどいな。僕はこれでも忙しいんだよ?佑真」
俺の脈を測りながら背中越しのその人――佑真さんに漏 らす。
「すいません……」
俺が謝ると君は何も悪くないよと優しい笑顔をこぼした。
「顔色も少しよくなってるから、後は栄養をとって寝ることかな」
一通り診察を済ませた後、諭 すように言う先生の話し方がすごく丁寧で、胸の奥が暖かくなった。
「ありがとうございました」
立ち上がった先生に笑顔で頭を下げた俺の視界に、壁にもたれかかったまま眉間に皺を寄せ難しい顔をする佑真さんがいた。
「佑真にいじめられたら、いつでも言っておいで」
ちらりと佑真さんを見た先生が悪戯っぽく微笑んだ。
「おい、用が済んだら帰れ」
不機嫌な声を出す佑真さんにはいはいと笑いながら先生は帰って行った。
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