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第30話

「――翔、翔」 「ん……」 眠りから呼び起こすその声に俺は眉をしかめた。 「起きろ、翔」 「んあ……」 潜り込んでいた布団を剥がされるとまばゆい光が閉じた目にも眩しく飛び込んでくる。 「おはよう」 重い瞼を少し開けるとベッドに頬杖をつきながら微笑む佑真さんが俺の視界を埋め尽くした。 「うわっ!」 顔の近さに驚いて、しっかり目が覚める。寝起きでみる佑真さんはイケメン慣れしてない俺にはどんな目覚ましよりも効果がありすぎる、というより心臓に悪い。 「顔でも洗え」 起き上がりリビングに向かう佑真さんの後について行くと、やっと起きたのかと声が聞こえ、佑真さんの後ろから覗くと慎吾が苦笑していた。 「慎吾!」 数日振りに会う慎吾に久しぶりな気がして嬉しくなった俺は慎吾に突進していった。 「痛っ、元気そうでなにより」 勢いよく飛び込んだ俺の頭を抑えながら慎吾が笑う。 「慎吾、その、ごめんな。連絡しないで……」 佑真さんの家に来てから連絡していなかった意外と心配性な慎吾が怒っているんじゃないかと不安になった。 「連絡なら五十嵐さんからきてたから」 「五十嵐さんって?」 慎吾の口から出た聞き覚えのある名前を訊ねた。 「は?」 心底驚いた顔をしている慎吾に俺の方が困惑してしまう。 「俺だ、五十嵐佑真」 後ろから溜息交じりに話す佑真さんの声が少し寂しそうに聞こえて……俺はまた佑真さんに悲しそうな顔をさせているんだろうか。 五十嵐って佑真さんの苗字……そうだ、そうだよ。俺は知っていた、知っていたのにわからなかった。 頭の中がまるで掛け違えたボタンのようにちぐはぐで記憶が噛み合わない。 「五十嵐さん、それって――」 「多分な」 驚いた表情のまま佑真さんに視線を移した慎吾に気付いた佑真さんが頷きながら答えた。 「何?慎吾何か知ってんの?」 俺が佑真さんを覚えていない理由がわかっているかのように会話する二人にどうして俺に何も教えてくれないのかと疑問が浮かぶ。 「いいから、顔でも洗って来い」 慎吾に詰め寄る俺の肩を引いた佑真さんの顔が不機嫌そうで、おとなしく洗面所に向かった。

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