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第31話

「で、慎吾は何で佑真さんのこと知ってんの?いつから知ってんの?俺も慎吾と同じくらいから知り合いなの?」 「落ち着け、本人には聞かないのかよ」 慎吾の肩を揺さぶりながら矢継ぎ早に聞く俺に眉をひそめた慎吾が俺の手を外しながら佑真さんに目を向けた。 「う……だって……」 思い出せない俺に怒りもしないで、悲しそうな顔をしていた佑真さんにこれ以上嫌な思いさせたくなくて聞けなかった。 「だってじゃない、それに――」 ひきつった顔の慎吾の視線の先を見ると、不快な表情を隠そうともしない佑真さんがいた。 佑真さんのいろんな表情が見たいとは思ったけど、この顔はちょっと遠慮したい。 「佑真さん……あの、ごめんな、さい」 佑真さんの態度に気持ちが落ち着かず、(うつむ)いてぼそぼそ言うと、佑真さんの大きな溜息が聞こえた。 「何なんだよ、お前」 苛立つような佑真さんの声に俯いた視界が滲む。こんな一言で泣きそうになるくらい俺って弱かったかな……涙がこぼれないようにぐっと唇を噛んで堪えた。 「なぁ翔、どこまで記憶がはっきりしているんだ?」 泣きそうな俺に気づかないふりをして聞く慎吾の優しさが嬉しい。 「えっと、慎吾の家で苦しくなった後、すごく一人になりたくなったのは覚えてるんだけど……なぁ慎吾、あの時なったあれって、もしかして過呼吸?」 記憶を辿るように目を伏せ、あの時の息苦しさや、痺れたように動かない身体思い出していた。 「だろうな」 慎吾の言葉にやっぱりと頷く。緊張や不安、極度のストレスだっけか、授業で習ったな。 「それってやっぱり――」 トラウマのせい?と聞こうとして佑真さんをちらっと見た。 トラウマを克服するために慎吾には重い話を聞いてもらってるけど、佑真さんにまで迷惑かけたくない。 「五十嵐さんには話したよ」 言いずらそうにする俺に気づいて慎吾が言う。 「え?」 迷惑かけたくないって思ったのに、違う……佑真さんの優しさが俺のトラウマを知ってたからだった事が苦しい。 佑真さんが俺にとってどんな存在だったのかは思い出せない、でも慎吾が話したってことは俺は言わなかったってことだ。 今の俺でもできるなら佑真さんに話したくない、佑真さんに可哀想なやつだと思われるのは嫌だ。 「なんっで――!」 胸ぐらを掴んで怒鳴る俺にされるがままの慎吾が悪かったと謝る。 「謝ってすむことかよっ!」 きっと俺のためを思って話したんだろう。頭では理解できる、できるけど、佑真さんが知っていた事が辛い。 「いい加減にしろ」 佑真さんの鋭い声に振り上げた拳がぴたりと止まった。 「座れ、翔」 叱るような佑真さんの口調に逆らえず、慎吾の胸ぐらを掴んだままの手を離しソファに座った。 「勝手に話したことは悪かった。でも問題はそこじゃないんだ」 襟元を直しながら慎吾が静かに話し出す。 俺にとっては問題だけどな! 「俺の家に来た時、お前は何かを思い出したはずなんだ、過呼吸になるほどの辛い何かを。その後2日間連絡がとれなかった」 まるで連絡がとれなくなったのは自分のせいだというように辛そうな表情をする慎吾を見て、どれほど心配をかけてしまったのだろうと申し訳ない気持ちになってくる。 「ごめん、慎吾」 素直に謝る俺に俺の方こそと慎吾が遠慮がちに笑った。 2日……そういえば、寝てるのか起きてるのかどれくらい時間が経っているのかもわからない感覚だったような……。医者に診てもらったのも、2日間飲まず食わずだったからか。 あんな感覚になったのは初めてだったけど、でも何も考えていなかったわけじゃなくて、確かに何かを――。 ふいに鼓動が早くなった。あ、これはやばい。後少し、後少しで思い出せそうなのに、息が苦しくて記憶が遠ざかっていく。 「翔、今はいい」 正面にいた佑真さんが隣に座り、俺の肩を抱き寄せると必然的に頭は佑真さんの胸に倒れ込む。 あぁ、やっぱ佑真さんの鼓動、落ち着くな。 「え!?」 「わ、わかりました。大丈夫ですからっ」 慎吾の驚く声に、はっと我に返り慌てて佑真さんから離れた。 「お前、何してんの?」 不思議なものでも見るような目で慎吾が俺を見る。 やめてくれ慎吾。俺自身、昨日からの俺に戸惑いまくっているんだ。 答えようのない慎吾の質問は聞かなかった事にした。 佑真さんは気にした様子もなく俺の隣で優雅に頬杖をついてる。 イケメンってそうなの!?人前でもさらっと、ああゆうことできちゃうのかよ。 「で、何か解った?」 慎吾の事だから俺が寝ていた間いろいろ調べてくれたんじゃないかと思った。 「あぁ、お前の記憶が曖昧らしいと聞いて、覚えてないならそのままでもいいんじゃないかと思ったんだよ。それで、沢渡教授に話を聞いてきた」 険しい表情の中に俺を気遣う色が濃い。その顔を見ながらいい奴だよなぁと改めて感じた。 「思い出すんだろ?」 苦笑しながら慎吾を見ると慎吾の方が辛そうな表情をしている。 「教授の話によると、一度引き出した記憶は手前にきてしまうそうだ。今は覚えてなくても些細(ささい)な事がきっかけで思い出してしまうらしい。多分、五十嵐さんのことも――」 「なんで?」 難しい顔をした慎吾は俺の問いには答えなかった。 佑真さんが俺のトラウマに関係あるってことなのか、思い出せない以上どうしようもない気がして、その疑問をとりあえず後回しにすることにした。 「教授が言ってたんだ、トラウマになっている記憶は辛いものだって認識しなければいけないって。それは苦痛を伴うだろうって。それでも俺は克服したいと思ったんだ。その気持ちは変わらない、変わらないけど……」 慎吾に過去を話していく中で俺は今まで、できるだけ過去を思い出さないように記憶の(すみ)に追いやっていたことに気づいたんだ。 ずっと忘れた振りをして考えないようにしてきた。 辛くても克服したいと言ったのは俺だ。だけど、慎吾にも佑真さんまで巻き込んで、こんなに迷惑かけるなんて思ってなかった。 「俺の我儘(わがまま)なんだよ」 言ってみた所で、ひとりでどうにかできる問題じゃないけど、もっと深く考えなかった自分が(うら)めしい。 「前も言ったが、迷惑だと思ってないぞ。弟妹に比べたら翔の我儘なんかかわいいもんだ」 沈む俺に慎吾の優しい声が響く。 「慎吾ぉ、これからも――」 「いや、これからは五十嵐さんに話せ」 顔を上げた俺を手で制しながら慎吾が言う。 「なん、で……」 「誤解するなよ、俺より五十嵐さんの方が適任だからだ」 真剣な慎吾の瞳に俺の不安が吸い込まれていく。 「適任って……でも、それじゃ佑真さんに――」 「あぁ、迷惑ではない。そもそも迷惑なら家に連れてこない」 言いかける俺を(さえぎ)る佑真さんの表情が読めない。 何でもないような顔で、でも不機嫌というわけでもなく、ただ綺麗だ。思った途端、熱くなる顔にどうしていいかわからなくなってしまう。 「よ、よろしくお願いします」 頭を下げると、こちらこそと直視できないほどの眩しい微笑みを返された。 「あ、そうだ翔、これお前が休んでた分のノートな。あと着替え」 淡々と慎吾がノートや着替えの入ったカバンを俺に渡してくる。 「しばらくここにいればいい。大学も近いからな」 急展開な事態に戸惑いながら受け取った荷物で両手が(ふさ)がる俺の耳に透き通るような佑真さんの声が聞こえた。 俺の知らない所で二人で相談でもしていたのか決定事項だったらしい。 佑真さんといるのは嫌じゃない、むしろ一人でいたくない今はありがたい。が、イケメンに免疫のない俺はいちいち緊張するんだよ。 「ありがと慎吾。佑真さんと仲良いんだな」 持ち切れない荷物を足元に置き慎吾を見ると嫌そうな顔をしている。 そんな顔したら佑真さんに失礼だろと振り返ると、佑真さんも同じ顔をしていた。 何だろうこの二人。 「それと、バイト先にはしばらく休むって伝えておいたから、お前からも電話しておけよ」 うんうんと俺が頷くと、帰るわと慎吾が立ち上がる。 慎吾、さすが保護者だよ。感謝しかない。 「明日3限からだからな」 佑真さんに丁寧に頭をさげて慎吾が玄関に向かう。 「慎吾!愛してるぞ!」 「やめろばかっ!」 慎吾の背中に向かって叫ぶ俺に振り向かずに叫び返した。

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