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第33話

 次の日、午前中に出かけた佑真さんから合鍵をもらい、昼過ぎに俺は家を出た。何日か振りの外は夏を知らせて暑いけど、吹き抜ける風が気持ちよかった。 「お前、講義中寝てたろ」 講義後に机でまどろむ俺に慎吾が呆れた声を出す。 「慎吾、俺はな、ここ数日の、そうまさに激動の数日をだな――」 「お、ま、え、は!」 言い訳をしようとする俺の頬を慎吾が両手で引っ張った。 「いひゃい、いひゃい」 「水沢!江角!今日暇だったりする?」 俺達を呼びながら走って来た藤崎が手短に聞いてくる。 「バイト」 聞かなくてもわかる合コンの誘いを慎吾が素早く断る。 「俺は――」 「どうしたんだ?」 俺も断ろうと引っ張られていた頬を両手でさすりながら言いかける俺に藤崎が首を傾げた。 「慎吾にやられたんだよ、こうやってなっ!」 「いひゃい!」 言いながら慎吾にやられたように頬を引っ張ると藤崎が抗議の声をあげた。 「何すんだよ水沢ぁ。お嫁に行けなくなったらどうするの」 「誰がお前をもらってくれんだよ」 頬をさすりながらぶつぶつ言う藤崎がおもしろすぎて腹を抱えて笑った。 「頬といえば、五十嵐先輩の頬に引っ掻かれたような傷があってさ、誰につけられたんだろうってすごい噂になっててさぁ」 藤崎の言葉に俺の笑いがピタリと止まる。 「翔、まさか……」 俺の様子を見た慎吾が疑うような目を向けてくる。 「わざとじゃねぇよ」 ふてくされる俺に慎吾が大きく溜息をついた。 「イケメンって得だよな、かすり傷ひとつで女子に囲まれるんだから。五十嵐先輩は猫に引っ掻かれたって言ってたけど、そしたら今度は猫飼ってるの?見たぁいとか言われるんだもんなぁ」 俺と慎吾の会話も聞かずに、女の子の言い方を真似しながら藤崎がずるいよなぁと不満を漏らす。 「猫、ねぇ」 慎吾が俺を見てニヤニヤと笑った。 猫、猫って!俺が傷つけたって言われたら、それはそれで女の子の反応は恐ろしい。でも猫って!他に何か言い方なかったのかよ。 「五十嵐先輩ってさぁ、冷たそうに見えるけど困ってたら助けてくれるし、頭いいし、運動神経もいいしな。天は二物どころか三物も四物も――」 「褒めても何もでないぞ、藤崎」 「五十嵐先輩っ!どうしてここに?」 藤崎の後ろから顔を出した佑真さんが呆れたように笑いながら髪を搔き上げた。 学部も学年も違う来るはずのない佑真さんが来たんだから藤崎の驚きも最もだ。 「翔を迎えに、もう終わりだよな?」 藤崎同様、俺も驚きながら頷いた。 「慎吾また明日!藤崎合コンはまた今度な」 慎吾と驚いて固まる藤崎に手を振って、帰るぞと歩き出した佑真さんの後を追った。 藤崎、今度会ったらいろいろ聞いてくるんだろうな……。面倒臭さが込み上げてきて溜息が出た。 「合コン行きたかったのか?」 俺の溜息の理由を誤解したのか佑真さんが眉をひそめた。 「違いますっ。今度藤崎に会ったらいろいろ聞かれるんだろうなって、あいつ佑真さんの話大好きだから」 いくら俺でも合コンに行って彼女探してる場合じゃないことくらいわかってる。 「あいつ女並みに噂話好きだよな」 「佑真さん、俺、猫ではないんですけど?」 ははっと面白そうに笑う佑真さんに藤崎の言っていた事を思い出して不満気な声を出した。 「何?翔にやられましたって言った方がよかった?」 少し驚いて考えた後、悪戯っぽい微笑みが佑真さんの顔に浮かんだ。 「――っ!もうっいいです!」 俺だと言われてあの状況を説明されても困る。女の子の反応も恐ろしいが、何より恥ずかしい。恥ずかしくなって足早に歩く俺の後ろから楽しそうに笑う佑真さんの声が聞こえていた。

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