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第35話

 俺が家に帰るとまだ佑真さんは帰って来ていなかった。 ソファに沈み込む俺の視界に、窓から差し込むオレンジ色の夕日が柔らかく広がっていた。 佑真さんはどうして俺といてくれるんだろう。 山下さんが言ってたように同級生の弟だから仕方なく面倒見てるのかな、いや、藤崎も言ってたけど佑真さんは誰にでも優しい。だから男女問わず、佑真さんの周りには人が集まる。 一人で眠りたくないという俺に、子供かよとからかいながら一緒にベッドにいてくれる。 俺はいつも佑真さんのキーボードを打つ音を聞きながら眠ってしまっていた。 山下さんの言う通り、4年の佑真さんにはやらなければいけないことがたくさんあって、本当なら俺なんかに構ってる暇はないはずなんだ。 俺は佑真さんの優しさに甘えすぎていたのかもしれない。 「翔?帰ってるのか」 「おかえりなさい」 「電気もつけないでどうした?何かあったのか?」 電気をつけながら佑真さんが心配そうな声を出す。 いつのまにか暗くなっていた部屋に慣れた目に飛び込む光が眩しくて目を細めた。 「うとうとしちゃってただけです」 「お前よく寝るよな。寝る子は育つって迷信だな」 佑真さんがふっと悪戯っぽく笑う。 佑真さんの俺をからかう時のこの顔、普段と違って子供みたいでかわいいと感じてしまう。 「ほっといてくださいっ」 俺より大人で落ち着いている佑真さんをかわいいと感じてしまった自分がなんだか恥ずかしくて顔を背けた。 「佑真さん、遅かったですね」 壁の時計を見ると午後9時を過ぎていた。 「あぁ、ちょっとな」 「山下さんと一緒だったから?」 聞いてどうするんだろう、佑真さんから山下さんが彼女だと言われたらどうしたらいいんだろう。 「なるほどな。青葉に何か言われた?」 短く溜息をついた佑真さんが俺の隣に座るとふわりと甘い香りがした。 この香り、山下さんの……。 佑真さんから(ただよ)う山下さんの香りに苛立ってしまう。 「佑真さんが誰と付き合おうが勝手ですけど、迷惑なら言って下さいって言いましたよね!?俺は佑真さんの邪魔になりたくないっ」 自分でも不思議なくらいイライラして、次第に語気が荒くなっていった。 「邪魔だとも迷惑だとも思ってない。俺はお前を放っておくことはできない。青葉とは付き合う気もないし、これからはちゃんと否定するよ」 透き通るような静かな佑真さんの声が俺を落ち着かせた。 「でも4年生っていろいろ忙しいのに、俺、何もわかってなくて――」 「翔は考えすぎるとこあるよな。翔がいない方が気になって支障が出る。どこにも行くなと言っただろう」 佑真さんの優しく響く声に背けた顔が熱くなる。 「同情が過ぎます」 さらっと放たれた恥ずかしくなる言葉に頭を掻きながら呟いた。

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