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第40話
駅に近付くと、狭い駐車場に黒いワゴン車が止まっていて車体の横に白い文字で宮川旅館と書かれているのが見えた。
宮川って、涼介君の苗字だよな。
「涼介、どうしたんだ」
運転席からスラックスにポロシャツ、短髪の清潔感のある中年の男性が降りてきた。
「俺の親父」
背中の俺に振り返らず声をかけ、その人に向かって歩き出した。
「涼介、その人は?」
背負われる俺に気づいて心配そうな表情を浮かべ駆け寄ってきたその人と視線が交わった。
ふっくらとした顔に少し垂れた目が人を和 ませる笑顔を連想させた。
お父さんって言ってたけど……似てないな。
「川に落ちてた」
「ええっ!川に、落ち、ええっ!?」
くるくると変わる心配と驚きの表情で俺と涼介君を交互に見ている。
俺も顔に出やすいと言われるけど、この人もなかなかにわかりやすい。
それにしても落ちてたって!落ちたけど落ちてたわけじゃない!
「あ、いや、ちょっと転んじゃって――」
苦笑しながら背中から降ろしてもらうと、痛みで顔が歪 んでしまう。
「わわっ。痛そうだね、病院行こうか」
手を離した途端 、前のめりに倒れそうになった俺を両手で支えてくれた涼介君のお父さんは、身長は同じくらいなのに身体はがっしりしていて俺一人くらい何でもないように受け止めた。
「いえ、そんな、少し休めば大丈夫ですから――」
「あんたの根拠 のない大丈夫は聞き飽きた」
俺の言葉を遮 って背後から呆 れながら言うと、俺の腕を引っ張り車へ向かって歩き出す。
「いったい!痛いって!」
掴まれた腕が痛いのか背中が痛いのかもうわからないくらい全身痛い。
「涼介、そんな乱暴に……」
見えなくてもわかるくらい涼介君のお父さんの声におろおろとした色が現れていた。
横開きのドアを開けると後部座席の3人掛けシートに俺をうつ伏せで寝かせた。
「涼介君、強引すぎ……」
不満を口にしながらそれでもうつ伏せになると立っている時よりは幾らか痛みが和らぐ気がした。
「ちょっと見るぞ」
少しでも痛みを和らげようとなるべく静かに息を吐く俺に声をかけて、涼介君が俺のTシャツを捲 り上げた。
「えっちょっ――」
振り向こうと首を捻 ると痛みで言葉が詰まる。
「うわぁ……これはひどいね」
後ろから覗き込んだ涼介君のお父さんがまるで自分が怪我したような悲痛な声を出した。
痛いとは思っていたけどそんなに?見えない怪我に不安になる。
「ビビらせてどうすんだよ、ただの打撲だろ」
「あ、ごめんね、大丈夫、大丈夫だよ」
涼介君の言葉にしまったというように必死で大丈夫を繰り返す。
お父さん、今あなたの大丈夫ほど信用できないものはないです。
「そ、そんなにひどい?」
恐る恐る涼介君に声をかけてみる。傷が残るとかそんなのは女の子じゃないからどうでもいい、ただこの痛みが続くかと思うと怖い。
「少し腫 れてるくらいだ」
たいしたことないと言うような口調に安心してはぁと息を吐いた。
「とりあえず病院に行こうね」
「あ、俺、駅にカバン置きっぱなしで」
運転席に乗り込もうとするお父さんに声をかけると取ってくるよと走って行った。
シートを倒すと2列ある座席がフラットになって3人は余裕で寝られるんじゃないかと思うくらいの広さになった。
うつ伏せで横になる俺の隣に座った涼介君をちらっと見て佑真さんを思い出した。
俺が眠るまでいつもそばにいてくれた。目が合うと俺の頭を撫でて優しく微笑んでくれた。
そんな優しかった佑真さんから俺は逃げ出した。兄さんとのことを知られたくなかったし、知られて同情でそばにいて欲しくもなかった。
兄さんの事がなければ今でもそばにいられたのかな……考えても無駄な事を考えると空しくて涙が溢 れてくる。
「そんなに痛いのか?」
「痛い」
肩を震わせ涙を堪 える俺に心配そうな声をかける涼介君に短く答える。
体の痛みより、喉の奥から締め付けられるように胸が痛い。
佑真さんのそばにいたい、会いたい、叶わない願いを心の中で何度も呟いた。
「大丈夫かい?安全運転でなるべく急ぐからね」
そんな俺の様子にカバンを涼介君に渡しながら慌てたように無茶な事を言う涼介君のお父さんになんだか気持ちが和 んだ。
「ご迷惑おかけします」
運転席に座った涼介君のお父さんに首を少しあげて頭を下げた。
「気にしない、気にしない、困った時はお互い様だから」
にこにこ笑いながら涼介君のお父さんがエンジンをかけると車は動き出した。
怪我人を放っておけなかったのかもしれないけど、それにしたって見ず知らずの俺にこんなに親切にしてくれる親子の暖かさに感謝しながら嬉しさに包まれた。
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