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第44話

 その後、熱を出した俺を宮川の家族が交代で看病してくれた。誰かに看病してもらうなんて初めてで、迷惑をかけているのはわかっていながら、身体は重く苦しかったけど、熱を出すのも悪くないと思ってしまうほどに暖かく幸せな気持ちになっていた。  永遠に続くのではないかと思うほどの背中の痛みも、4日目にはほとんど痛みもなく、普通に動けるようになっていた。 「この後出かけるけど、翔も行く?」 「行く行く!」 努さんの用意してくれた朝ご飯を食べながら(たず)ねる涼介君に、動けるようになり外に出たくてしょうがなかった俺は首を縦に振りながら頷いた。 片づけを済ませて外に出ると蝉(せみ)の大合唱が聞こえまだ午前中だというのに日差しが強い。 それでも久しぶりに出る外の空気は気持ちよかった。 涼介君の後について歩いて行くと、宮川旅館の看板が見えて来る。 最初に見たときと同じように幻想的な風景を横目に下っていくと、大きな湯煙(ゆけむり)が見え、その湯煙を囲むように木造の昔ながらの建物が立ち並んでいた。 「温泉街……」 近づくにつれ温泉独特の硫黄(いおう)の香りに気づいた俺は独り言のように呟いた。 照り付ける太陽が更に強さを増そうと(まぶ)しく輝く中、観光客らしき人影が湯煙の周りを歩く姿が見える。 「うわぁ!何あれ!」 湯煙の中に木箱のようなものが真っ直ぐに何列にも並んでいるのが視界に入り、もっと近くで見ようと涼介君を追い越し走りだした。 「湯畑(ゆばたけ)だよ。あの中に温泉が流れていて底に()まるのが湯の花」 景色に圧倒される俺の後ろからゆっくり歩いてきた涼介君が教えてくれる。 「湯畑……聞いたことはあったけど、見るのは初めてだ。これ木だけで作られてんの?」 いつ作られたのかはわからないけど、見る限りネジや鉄板のようなものは見えない。 「ああ。ここの温泉は酸性が強いから鉄なんかだと()けてしまうからな」 「へぇ。すごいな」 湯畑もすごいけど、地元とはいえ、わかりやすく説明できる涼介君にも観光ガイドとかできるんじゃないかと感心している俺に行くぞと声をかけ湯畑の横を下って行く。 湯畑の先に一際(ひときわ)大きな湯煙と滝の流れるような音が聞こえ、木の(さく)に掴まり覗き込むと湯畑から流れ込んだ温泉がエメラルドグリーンの池を作っている。 「綺麗!涼介君すごく綺麗だよ!」 「危ないって」 興奮して身を乗り出す俺のシャツを後ろから涼介君が引っ張る。 「なぁ何でこんな色なんだ?」 柵にしがみつきエメラルドグリーンの池を(なが)めながら勢いよく流れる滝の音に負けないように大きな声で涼介君に訊ねた。 「池に付いてるコケみたいなのが()の一種のイデユコゴメっていって、この色なんだよ」 池を覗き込みながら話す涼介君の声が耳元で聞こえて思わず耳を押さえ振り向いた。 「りょ、涼介君詳しいな」 熱くなる耳を押さえ涼介君から(あと)ずさるように少し離れた。 「顔赤いけど、のぼせた?」 「そ、そうかも。煙すごいな」 恋する乙女じゃあるまいし、些細(ささい)なことで佑真さんを思い出してドキドキしてしまう自分が恥ずかしい。 いや、恋はしてるんだ。乙女ではないだけで。 佑真さんともっと話したいと思ったり、佑真さんの態度に嬉しくなったり、胸がざわついたのも考えてみれば自覚がなかっただけで最初から佑真さんの事が好きだったからだと気付くとなるほど納得だ。 『気持ち悪い』 慎吾とのLINEを見た時、佑真さんは確かにそう言った。男同士のあんなやり取りが佑真さんには気持ち悪く見えたんだろう。 俺の気持ちを知ったら同じ反応をするのかな……それはちょっと、いやかなり辛い。 佑真さんに気づかれないようになるまで会えそうにない。思い出すだけでこんなにドキドキする今じゃとても無理だ。 「痛ぇの?」 「ううん、ごめん大丈夫」 大きく溜息をついた俺を見て心配そうな表情を浮かべる涼介君に首を横に振って笑い返すと額の汗を拭いながら帰るかと歩き出した涼介君にもう少し眺めていたかった景色を後にした。

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