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第47話

 その夜、沙代子さんと努さんが帰宅したのは日付が変わる少し前だった。 涼介君は何も言わなかったけど、涼香ちゃんはずっといればいいと喜んでくれて、努さんは息子がもう一人できたみたいだと嬉しそうに言ってくれた。 「沙代子さん、俺は世界一の幸せ者です」 嘘でも大袈裟(おおげさ)でもなく、見ず知らずの俺を受け入れてくれるみんなの態度にそう感じて満面の笑みを浮かべた。 「うちの仕事は大変だと思うけど、何かあれば遠慮なく言ってね」 一日の疲れも見せず沙代子さんの笑顔は明るかった。  沙代子さんの言う通り宮川旅館の仕事は想像以上の忙しさで、幻想的な風景にのんびりとしたイメージを抱いていた俺はその裏側にたくさんの思いやりや苦労があることを知った。 俺の仕事は接客ではなく裏方で旅館周りの掃除、客室の清掃、布団の上げ下げ、食事の準備や後片付けなどこんなにもやるべきことが多いのかと驚くほどだった。 その中でも真夏の大浴場の清掃は過酷で、終わった時には湯船につかりそのまま出てきたのかと思えるくらい全身汗だくになる。 でも一番驚いたのは、努さんが宮川旅館の社長だったことだ。 『できることを一生懸命やろうと決めたんだよ』 努さんはそう言っていたけど、できることを一生懸命やったからって社長になれる人はそういない。 きっと俺には想像もできないくらいの努力を重ねてきたんだろう。だからあんなに人の気持ちのわかる(おだ)やかな人なんだろうな。 俺も頑張れば佑真さんに少しでも近づける存在になれるだろうか。 仕事終わりや時間ができるとエメラルドグリーンの池に来ていた。 真っ直ぐに列を作る湯畑と力強い滝の音、すべてを許し包み込むような(あわ)い緑が、こんな風に生きたいと俺に思わせてくれる。 ライトアップされたその景色を眺めながら、できることを一生懸命やるしかないと改めて決意した。

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