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第49話
あんなに過酷 だった大浴場の清掃も寒さが増してくると暖かく苦 にならない。
「今年も雪の季節が来るなぁ」
大浴場の洗面器や椅子を片付けながら山口さんが溜息をついた。
「やめろ、思い出させるな」
窓ガラスを拭いていた岩下さんの嫌そうな声が大浴場に響く。
山口さんと岩下さんは俺に仕事教えてくれた先輩で、二人とも俺より8歳ほど年上だけど気さくで話しやすい人達だった。
既婚者の岩下さんと違い、彼女が欲しいと口癖のように言う山口さんは藤崎を思い出させた。
「雪って積もるくらい降るんですか?」
「水沢ぁ、嬉しそうにしてられるのも今のうちだぞ」
湯畑や温泉街の雪景色を見てみたいと思っていた俺に山口さんがわかってないなと首を横に振る。
「そうだぞ、俺は去年腰にきた。あれは辛かった」
岩下さんは痛みを思い出したかのように腰をさすりながら眉をしかめた。
「何がそんなに大変なんです?」
俺の質問に山口さんと岩下さんが顔を見合わせてやれやれといった顔をする。
「水沢、雪が積もるような所に住んだことないだろ。雪かきや雪下ろしが重労働なんだよ」
岩下さんの表情が大変さを物語っているようだった。
「テレビでしか見た事ないですね」
「お前が一番若いんだから今年は頑張ってくれ」
笑っている俺の背中を山口さんがバシバシと叩いた。
「山口も今年は風邪引かないでくれよ」
岩下さんが睨むと悪い悪いと山口さんが笑った。
「そんなに大変なんですか?」
「この仕事してるとイベント時期は忙しいからなかなか休みがとれないんだけど、去年はクリスマスに休みが取れてな、子供とクリスマスパーティーの約束をしてたんだけど」
溜息をつきながら岩下さんがちらっと山口さんを見ると慌てて目をそらしていた。
「クリスマスパーティー……」
今までクリスマスとか誕生日とかパーティーなんてしたことがなかった。
水沢の家にいた頃、クリスマスはみんな出かけていて俺は一人だったし、誕生日も特別なことはなかった。友達の話を聞いて羨ましく思ったこともあったっけ。
子供の頃、俺の所にサンタクロースが来ないのは雪が積もらないからだとか思ってたな。
岩下さんと山口さんは大変だと言うけど、雪が積もるのが楽しみなのはそのせいかもしれない。
「水沢も彼女出来たら大変だぞ。女ってイベント大好きだからな」
「できないので大丈夫です」
「そういうやつに限ってすぐ彼女できるんだよな!」
身に覚えがありそうな顔で苦笑する岩下さんに即答する俺に山口さんが拗ねるように言いながらのしかかってくる。
「山口さん、重っ重いです。本当にできませんって」
よろめきながら答える俺にぶつぶつ言いながらどいてはくれなかった。
面倒臭いなこの人。でもやっぱり憎めない人だ。そういうところも藤崎に似てる。
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