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第53話

 雪かきや雪下ろしにも大分慣れ、筋肉痛にもならなくなった。前より健康的になった気さえする。 「翔君、入口の雪だるま作ったのって翔君?」 朝食の後片付けをしている俺を沙代子さんが呼び止めた。 「あ、はい」 あまり降らなかった雪のおかげで早く終わった雪かきの後に周りにたくさんあった雪で1メートルくらいの雪だるまを作った。 俺的には力作だったんだけど、真剣な表情の沙代子さんに駄目な事をしてしまったのかと不安になってくる。 「すごく評判がよくてね、露天風呂から見える場所にも置いてみようかしらと思って」 「いいですね。駄目な事してしまったのかと焦りました」 安心して笑うと考え込んでいた沙代子さんの表情にも笑顔が戻る。 「毎年うんざりするほど雪を見るじゃない?雪だるまとか楽しい発想ができなくなっていっちゃうのよねぇ」 沙代子さんが頬に手をあて首を傾げて苦笑した。 「俺が作ってもいいですか?仕事もきちんとするので」 「助かるけど、大丈夫?」 「はい」 心配そうな目を向ける冴子さんに笑顔で応えた。 仕事の合間に雪だるまを4体作り、利用時間後に男湯と女湯の露天風呂にも2体ずつ設置した。仕事が終わってから入口の雪だるまも追加した。 雪の塊は重く、大変だけどこんなにたくさんの雪で遊んだことがなかった俺には楽しくて夢中になっていた。 「た、ただいま」 家に帰りついた時には身体中が痛んで腕を上げるのも辛いほどだった。 「翔君どうしたの?」 壁に掴まりながらよろよろ歩く俺に涼香ちゃんが驚いた顔をしている。 「いや、ちょっと雪だるまを――」 「雪だるま?」 話しているのも辛くて不思議そうな表情をしている涼香ちゃんを残して風呂場に向かった。 浴槽に身体を沈めると疲れが溶けていくようで気持ちよかった。 風呂から出てリビングに行くと涼介君がソファに座って雑誌をめくっていた。 「向こうで風呂入ってこなかったのか」。 「遅くなったから」 風呂から出てリビングに行くとソファに座り雑誌に目を落としたままの涼介君の問いに説明するのもだるくて短く返した。 利用時間後の2時間は従業員も大浴場を利用できるから仕事が終わるとだいたい風呂に入ってから帰ってきている。広いし、温泉だし気持ちいい。 「髪ちゃんと()けよな、子供かよ」 ソファに座った俺に視線を上げた涼介君が溜息をつきながらリビングを出て行き、持ってきたタオルを呆れながら俺に放り投げた。 「あぁ」 受け取ったタオルをしばらく見つめ頭を悩ませてしまう。 髪がまだ濡れているのはわかっていたけど腕が痛くて上がらなくてちゃんと拭けなかった。 心配してタオルを持ってきてくれたんだから何とかできないものかとソファの肘掛にタオルを敷いて、そこに頭を乗せてぐりぐりと動かしてみた。 「何してんだ?」 「腕が痛くて上がらないんだよっ」 あからさまに変なものでも見るような目をする涼介君に急に恥ずかしくなって大きな声が出てしまう。 「今日はそんなに雪降ってねぇだろ」 「いいって」 「できねぇんだろうが」 タオルを取ると俺の頭を拭き始める涼介君から逃れようとする俺に冷たい声が降ってくる。 だけど声とは逆に拭いてくれる手は優しくて大人しく従った。 「雪だるま作ってたんだよね」 二階から降りてきた涼香ちゃんが楽しそうに笑いながらキッチンでお湯を沸かしていた。 「腕が上がらなくなるほど?」 俺の髪を拭きながら涼介君が呆れたような声を出す。 「楽しくて。夢中になってたんだって」 「あんた、ばかだろ」 「ばかだよねぇ」 涼介君と涼香ちゃんが同時に言った。さすが双子。 「明日休みだからいいんだよ!」 むくれる俺の前にココアを置くと涼香ちゃんはおやすみと部屋に戻って行った。 「俺も明日早いから寝るけど、ここで寝るなよ」 「うん。ありがと、おやすみ」 乾いたことを確認するように俺の髪を軽く()いてリビングを出て行く涼介君の背中に声をかけてココアを一口飲んだ。 「甘い」 静かになったリビングに時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえた。 甘いココアを飲むと子ども扱いしながら俺にココアを淹れてくれた佑真さんを思い出す。 俺の事を子供だと思っているのかと聞いた時、佑真さんは俺の事を弟だと言った。 あの時は兄さんと重なって嫌だと思ったけど、今はそばにいられるなら弟でも何でもいい。 俺も佑真さんを兄のように思えればいいんだけどな。 佑真さんへの想いは強くなるばかりで……。 「いつになったら会えるようになる……?」 口に出した言葉が切なくて胸がしめつけられるようだった。

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