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第54話
「ただいまぁ」
玄関が開く音がして明るい声と共に沙代子さんがリビングに入ってきた。
「おかえりなさい」
「翔君、今日はありがとうね、疲れたでしょう」
「楽しくて夢中になってました」
沙代子さんの労 うような笑顔に心が癒され疲れが消えていくようだ。
「入口にも雪だるまが増えてたけど、どうして?」
「ああ、それは、館内清掃をしていた時に親子連れがいて、その子供がお母さんに雪だるまが一人じゃ寂しそうって言ってたんですよね。それで親子の雪だるまにしようかなって――」
「努さん聞いた!?良い子ね!」
興奮したように言いながら俺の頭をぐりぐりと撫でる沙代子さんは口癖のように良い子ねと俺に言うけど、俺は良い子なんかじゃないです。
「露天風呂の雪だるまも大きかったね。疲れただろう」
努さんが沙代子さんの言葉に頷きながら包み込むような笑顔を俺に向ける。
「いえ、本当に楽しんで作ってました」
腕が上がらなくなり息子さんの世話にはなりましたけどと心の中で付け足しておいた。
「沙代子さん、努さん、お願いがあるんですけど」
声をかける俺をどうしたの?という顔でじっと見つめる二人にできたらいいなと思っていた事を話してみる。
「明後日の夜なんですけど、みんなでケーキを食べたいんです」
「ああ、クリスマスだからかい?」
伺 うような視線を送る俺に努さんが柔らかく応える。
「はい。岩下さんがクリスマスは家族でケーキを食べるって言ってて、俺もしてみたいなって思ったんですけど、難しいですか?」
俺は家族ではないけど、家族のように暖かく受け入れてくれるみんなとケーキを食べたいと思った。
「楽しそうね。涼介や涼香が小さい頃もケーキは買っていたけど、一緒に食べられる事は少なかったわね」
沙代子さんの心苦しそうな表情が涼香ちゃんの寂しそうな表情と重なる。
そういえば涼香ちゃんも沙代子さんも努さんもイベント時期は旅館に居る事の方が多いって言ってたな。
「俺も仕事なので遅い時間にはなってしまうと思うんですけど、いいですか?」
「もちろん」
嬉しそうに笑う二人を見ていると俺も嬉しくなった。
「明日ケーキ予約してきます!丸いケーキ買うのも初めてで、楽しみです。ここに来てから初めての経験がたくさんあって、俺の我儘聞いてもらってありがとうございます」
溢 れるほどの嬉しさをくれた二人に頭を下げた。
「これで好きなケーキを買いなさい」
そう言いながらお金を渡そうとする努さんに首を振って断ろうとすると沙代子さんが怖い顔で睨むので黙って受け取った。
沙代子さん達と出会う前の俺は卑屈で、どうせ俺が何をしても迷惑をかけるだけだと思い込んでいた。俺さえ変われていれば誰かを喜ばすことができたかもしれないのに。
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