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第61話
涼介君と話をしたいと思いながら何をどう話していいかわからず、忙しさの中、気まずいまま年を越した。
ゆく年くる年をのんびり見ることも、カウントダウンに騒ぐこともなく、慌ただしく仕事をしている間に年は越えていた。
明日は毎年恒例の餅つきをやるから午前7時集合だと言われ、時計を見ながら明日ってもう今日じゃないかと思ってるうちに休憩室で眠ってしまっていた。
「――沢、水沢、こんなとこで寝てたのか」
「おはようございます」
岩下さんに揺すり起こされて目を覚まし、まだ眠い目をこすりながら大きく伸びをして、杵 と臼 を運ぶから手伝えという岩下さんの後を追った。
「知らなかった……臼がこんなに重いなんて」
餅つきの場所まで運び終えた俺は腰を叩きながら呟いた。
「若いくせにだらしねぇなぁ!」
笑いながら俺の背中をばしばし叩く山口さんに恨めしそうな目を向けた。
「水沢、餅つきしてこなくていいのか?楽しみにしてたんだろ」
岩下さんがつき始めている努さんの方を指さした。
「いいです、見てるだけで」
やってみたい気持ちはあるけど腰が悲鳴を上げている。
泊り客も見に来ていて結構な人数の中、端の方に座りながら餅つきを眺めていた。
「翔君、餅つきしなくていいのかい?」
「翔君元気ないねぇ」
汗を拭 いながら歩いて来る努さんの後ろから涼香ちゃんがひょっこり顔を出した。
「涼香ちゃん来てたんだ」
「涼介も来てるよ」
俺の言葉に少し離れた場所にいる涼介君を呼んだ。
呼ばれても気まずいんだけど……。
「水沢、お汁粉喰わねぇの?すげぇうまいぞ」
「おいしそう!食べたいっ」
山口さんが食べていたお椀は暖かそうな湯気が立っていて白いお餅につぶあんが絡んですごくおいしそうだった。
「もらってきてやるよ」
立ち上がろうとした俺を制して涼介君が歩いて行った。
「あら翔君、疲れた顔してるわね」
泊り客に一通り挨拶を済ませた沙代子さんが明るい笑顔で歩いてくる。俺より忙しいだろうに笑顔を絶やさない沙代子さんって本当すごい。
涼介君が持って来てくれたお汁粉を受け取ると甘い匂いが鼻をくすぐった。
「うっまい!!」
一口:(すす)啜ると柔らかい甘さが口の中に広がって疲れが消えていくようで自然と笑みがこぼれる。
「そんなに喜んでもらえたら板長も幸せだね」
にこにこ笑う努さんに俺の方が幸せですと笑みを返す。
「そういえば水沢は初詣いつ行くんだ?」
「初詣?」
「人も結構来るから出店とかあって楽しいぞ」
首を傾げる俺に山口さんが説明してくれる。
「場所どこですか!?」
行ってみたくて思わず身を乗り出しながら山口さんに聞いた。
慎吾と近くの小さい神社に行ったことはあったけど、人もほとんどいなくて出店がでる初詣なんて行ったことがない。
「お前、そんな目で見ても俺とは休み合わないだろ」
山口さんに連れて行って欲しいと言ったつもりはないけど、山口さんとも岩下さんとも休みは合わない。
「行きたそうね」
「行きたそうだね」
沙代子さんと努さんが同時に言いながら笑いあっている。
いや、俺は場所を教えて欲しかっただけなんだけど……。
「俺が連れていってやるよ。いつ休み?」
沙代子さんの後ろから涼介君の声が聞こえた。
「今日の午後休みだけど、でも――」
「じゃ家で待ってるから」
俺の言葉を遮ってそう言うと涼介君は帰っていった。
この間の事も謝りたかったから、いい機会なのかもしれない。でも気まずい。
小さく息を吐いて沙代子さんを見ると意味深に目が笑っていた。
そんな目で見るのはやめて下さいと困惑した視線を沙代子さんに返した。
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