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第63話
神社に続く道は旅行客や地元の人で行列ができ、歩くのも大変なほどだった。
「はぐれんなよ、翔は携帯もってねぇんだから連絡とれないからな」
隣を歩く涼介君が人の多さにうんざりした顔をしている。
「涼介君、背が伸びた?」
人混みのせいでいつもより近い距離の涼介君の横顔を見上げた。
出会った頃は目線を上げれば見えた表情が今は顔を上げないと見えない。
「ああ、かもな」
「成長期だもんな。いいなぁ」
俺だって女の子よりは高いけど、抱きしめて包み込めるほど高くはない。
「翔は成長期終わってるもんな」
「まだ伸びるかもしれないだろっ」
口元に笑みを浮かべる涼介君に抗議の声を上げた。
でも佑真さんの腕の中にすっぽり収まるこの身長も悪くないから伸びなくてもいいと思ってしまう。抱きしめられることなんてないだろうけど、そんな想像だけで胸がざわついてしまう俺はかなり重症だ。
人混みに流されるまま歩いて行くと出店が見えてきて、焼きそばの美味しそうな香りが漂ってきた。
「涼介君、美味しそうな匂いがする」
「はぐれるって」
人の間を抜け出店に向かおうとする俺のコートのフードを涼介君が引っ張った。
「腹減ってるし、美味しそうだろ」
「何しにきたんだよ。帰りに買え」
不満そうな顔をする俺に涼介君が呆れた声を出す。
神社に近付くにつれ人の数は増え、進めず立ち止まる回数が多くなった。
それでも両端に立ち並ぶいろいろな出店を楽しんでいた。
「涼介君!あれあれ!」
飴細工と書かれたのぼり旗を見つけ涼介君の服の袖を引っ張る。
人波みをかき分け店の前に辿り着くと甘い香りと宝石のような飴細工が竹の串の上で輝いていた。
猫が作って欲しいと言う母親に連れられた小さな女の子に、皺が深く刻まれた店の中のおじいさんが優しく頷くとペンチのようなものを使いながらあっという間に猫を作った。
「すごい、魔法みたいだ」
白い塊だった飴がおじいさんの手で息を吹き込まれるように形を変えていく。初めて見たその光景に感動の声が洩れた。
「翔ってこういうの好きだよな」
「すげぇ綺麗じゃん!」
「わかったわかった早く買えよ」
背後から聞こえる興味なそうな涼介君の声に勢いよく振り返った俺の肩を掴んで店の方へ向き直させた。
店に並んでいる飴細工はどれも綺麗でしばらく悩んだ後、金魚の飴細工を買った。
「綺麗だよなぁ」
透明な袋の中で艶やかに光る金魚を眺めながら目を細めた。
「喰わねぇの?」
「食べれないだろ」
不思議そうに聞く涼介君に金魚を眺めたまま返事をした。
「飴だから喰えるぞ?」
「それはわかってるけど、こんなに綺麗なのに食べたら勿体ないだろ」
俺が言うと涼介君は真顔でなるほどと頷いた。
「俺だからいいけどさぁ、女の子にそんなこと言ったら嫌われるぞ」
食べられる物を食べない理由がわからないと言っていた慎吾を思い出して笑う俺の目に不機嫌そうな表情の涼介君が映った。
「あれ?宮川先輩?」
長い行列を並んで参拝を終え、帰り道を歩いていると三人連れの女の子が涼介君に声をかけた。
「サッカー部の人達向こうにいましたよ」
「一緒じゃなかったんですか?」
女の子たちの質問に涼介君はああと短い相槌を返している。
もっと愛想よくすればいいのにと少し離れた場所でふっと笑う俺の後ろから子供の泣き声がして振り返るとさっき飴細工の店にいた女の子が座り込んで大泣きしていた。
「猫ちゃんがぁ」
大泣きしている女の子が握っていた猫が見るも無残に粉々になっていた。
「仕方ないでしょう」
お母さんが困った顔でなだめても女の子は泣き止みそうになかった。
「大丈夫?」
ゆっくり近づいてしゃがみ込んだ俺を目にいっぱい涙を溜めた女の子が見つめた。
「猫じゃないけど、これあげるからもう泣かないで」
「おさかなさんっ!」
笑いながら金魚の飴細工を渡すと受け取った女の子が満面の笑みを浮かべながらお母さんに金魚を見せた。
「でもそんな――」
「大丈夫です。俺まだ持ってますから」
申し訳なさそうな顔のお母さんに微笑んで友達が待ってますからとその場を後にした。
「あ、やばい……」
足早に親子から離れて周りを見渡すと涼介君の姿が見当たらなかった。
この人混みから見つけ出すのは無理な気がするほど人が多い。
携帯を持っていない俺に連絡とれないんだからはぐれるなよと言った涼介君の言葉が脳裏に響く。
怒ってるだろうなぁ涼介君。このまま探しても見つからなさそうだし、家に帰って連絡してみるかな。
大きく息を吐いて重い足取りで人混みの中を歩き出した。
「翔!」
神社から大分離れ、人もまばらな道で名前を呼ばれ振り返ると、涼介君が息を切らして走ってきた。
「おぉ涼介君」
「おぉ、じゃねぇ!はぐれんなって言っただろ」
息を整えながら涼介君が俺を睨んだ。
「ごめんごめん、悪かったって」
「携帯くらい持てよな」
「そうだな」
「何で持たねぇの?」
曖昧な返事をする俺に涼介君が食い下がってくる。
あれば便利だとは思うけど、なくても困らない。むしろ今の俺にはあったほうが困る。
前のスマホはその場で処分してもらったから誰の番号も覚えていないけど、このご時世、番号なんか覚えていなくてもSNSなどで簡単に連絡がとれてしまう。
今だって会いたくてしょうがないのに、携帯を持てば佑真さんに連絡してしまいそうで怖い。
「お金かかるからなぁ」
「嘘つけよ」
苦笑する俺に冷めた声が返ってくる。
「涼介君は親に払ってもらってるからわからないかもしれないけど、毎月結構かかるんだからな」
「誤魔化してんじゃねぇよ」
笑いながら言う俺に向けられる涼介君の視線が冷たい。
「もし俺が何言わずにいなくなったら、どう思う?」
本当の事を言えと言いたげな視線に観念して溜息交じりに訊ねた。
「最低だな」
「だよな、俺もそう思うよ」
涼介君の冷たい声が胸に刺さる。
佑真さんが好きだとか会いたいとか俺の勝手な都合ばかりで、佑真さんは俺の顔なんか見たくもないのかもしれない。
あんなに優しかった人から何も言わず逃げ出した俺なんか最低だと思われて当然だ。
「だから何だよ」
「だからさ、そんな最低な奴から連絡来たら嫌だろ」
口にすると言葉は現実味を帯びて嫌悪感を浮かべた佑真さんの表情が脳裏を過る。
「痩せ我慢してるだけじゃねぇの」
涼介君の言葉に見抜かれている気がして返事に困る。
痛いところ突いてくるよなぁ。俺の想像の中の佑真さんはいつも優しいままだ。
でもきっと現実は違う。俺はそれを知るのが怖い。
「そうかもな」
家に着いて誰も帰って来ていないリビングでコートを脱ぎながら自嘲的な笑いが洩れた。
「あんたのその顔苛つくんだよ!」
涼介君の強い口調に身体が跳ね、同時に『お前の顔見てると苛つくんだよ!』と兄さんの声が頭に響いた。
「俺ってそんなに苛つく顔してんの?だったら見なきゃいいんだよ」
こめかみを押さえながら笑おうとする頬がひきつるのがわかる。
もう何も聞きたくなくてリビングから出ようとした俺の腕を涼介君が掴んだ。
「離せよ」
自分でも驚くほど冷たい声がリビングに響いた。
「翔、悪かった、俺は――」
「いいから離せよ」
涼介君に背を向け立ち止まったままもう一度繰り返した。
「聞けって!」
腕を引っ張られ振り向いた俺の肩を強く掴む涼介君の思いつめた様子に驚いた。
「俺は翔のそんな寂しそうな顔見たくねぇんだよ」
そんな真剣な顔で言われても何て返せばいいのかわからない。
「涼介、翔君が困っているわよ、その辺にしておきなさい」
いつの間に帰って来たのか沙代子さんと努さんがリビングの入口に立っていた。
涼介君は舌打ちをして二階へ上がって行った。
涼介君には申し訳ないけど心の中で俺はほっと溜息をついた。
「私も翔君の寂しそうな顔は見たくないわよ」
そう言って俺を見る沙代子さんの好奇心に輝く目に気付かないふりをして、逃げるように二階の部屋に戻った。
沙代子さんに限らず女の人って、その手の話し聞きたがるよなぁ。
いい加減俺も自分がした最低な行動の責任を取らないといけないよな。
3月になれば今よりは忙しくないという山口さんの言葉を思い出しながら、3月に佑真さんに会いに行こうと決心した。
俺の顔なんて見たくないかもしれないけど、それでも逃げ出してしまった事を謝りたい。
佑真さん俺、少しは変われた気がするんです。だから俺の話聞いて下さい。
都合のいい願いを抱きながら不安な気持ちを振り払った。
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