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第64話

 2月も(なか)ばを過ぎても変わらない忙しさに、3月になれば客が減るんだろうかと疑問が浮かんでくる。 「岩下さん、3月になったらお客さんって減ります?」 「は?誰がそんなこと言ったんだ」 丁度休憩室に入って来た岩下さんに訊ねてみると驚いた顔で俺を見返した。 「山口さんが3月になったら忙しくなくなるって」 「あのな水沢、3月と言えば卒業旅行シーズンだ。(ゆえ)に忙しい」 岩下さんが溜息をつきながら俺の肩に手を乗せた。 「ええっ!」 「まぁでも暖かくなれば客足が減るのは本当だから5月くらいは割と暇になるぞ」 絶望的な声を出した俺になんのフォローにもならない事を口にした。 「やってらんねぇ」 機嫌の悪さを隠そうともせずに文句を言いながら山口さんが休憩室に入って来た。 「何あったのか?」 「聞いてくれよ岩下!」 興奮した山口さんが俺と岩下さんの前に座って話し出した。 「今日俺は恵美ちゃんとデートのはずだったんだよ」 「誰ですか恵美ちゃんって」 「山口が最近狙ってた仲居だよ」 首を傾げて訊ねる俺に岩下さんが説明してくれた。 「そう!その恵美ちゃんだよ!何度も食事に誘ってやっと、やっと今日OKもらえたんだよ……」 興奮していた山口さんの声がだんだんしぼんでいく。 それにしても何度もってメンタルすごいな。 笑ってはいけないけど笑いそうになってしまう。 「それで?」 岩下さんが早く話せと山口さんを急かした。 「さっき飛び込みで来た客がすごいイケメンらしくてよぉ、女共がみんな騒いでて、女将さんまで芸能人みたいねとか言ってんだぞ」 沙代子さんのセリフを真似するように話す山口さんに似てなさ過ぎて笑いが込み上げる。 「何笑ってんだよ水沢!」 「わ、笑ってませんよ」 俺の肩を揺さぶる山口さんに笑いを噛み殺しながら答えた。 「で、そのイケメンと恵美ちゃんが何か関係あんのかよ」 続きを急かす岩下さんの顔も笑いを(こら)えているように見えた。 「そのイケメンをもっと見てたくて夜勤変わってもらったから今日は行けないって断られたんだぞ!」 「ぶはっ」 興奮する山口さんの横で俺と岩下さんは吹き出した。 「お前ら笑いごとじゃねぇよ!しかもそのイケメン飛び込みだったから特別室しか空いてないって言われても顔色ひとつ変えないでサインしたんだとよ。色男、金と力はなかりけりじゃねぇのかよ」 文句の止まらない山口さんに俺と岩下さんは笑いが止まらない。 色男、金と力はなかりけりってなんだその思い込み偏見もいいとこだろ。 「ま、まぁ残念だったな。次があるぞ山口」 まだ笑いの残る顔で岩下さんが山口さんの肩を叩いた。 「そういうわけだから水沢、今日の夜勤変われ」 「へ?構いませんけど、どうして?」 そういうわけってどういうわけなのかわからない。 「イケメンから恵美ちゃんを守るために決まってんだろうが」 当然というような顔をした山口さんの横で岩下さんが笑いすぎてむせていた。 山口さん……面白すぎる。 イケメンを見たくて夜勤になったくらいの仲居さんにイケメンとの間を邪魔したら怒られるんじゃ……考えたらまた笑いが込み上げてきた。 「山口さんの面白さをわかってくれる子が現れればいいですね」 「水沢、いいやつだな」 笑いを堪えながら言う俺に山口さんが素直に喜ぶと、岩下さんが我慢できないというように机を叩きながら笑いだした。 これ以上いると腹筋が崩壊しそうなのでお疲れさまでしたと頭を下げて休憩室を出た。

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