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第69話

 チャイムの音に目を覚ました俺の視界に佑真さんの綺麗な寝顔が飛び込んでくる。 一見冷たそうな眼差しも閉じているとあどけなく見える。 いつも優しい言葉をくれる佑真さんの唇を見つめていると触れたくなる衝動に駆られ俺はゆっくり顔を近づけた。 佑真さんの唇に触れそうになった時、もう一度聞こえたチャイムで我に返り慌てて入口に向かった。 寝てる相手に何しようとしてんだ、俺。普通に考えてだめだろ。 「はい」 扉を開けると涼介君が不機嫌そうな顔で立っていた。 「出るの遅せぇよ、いつまで寝て――顔赤いけど風邪でもひいたのか?」 不満を口にした涼介君が眉を寄せながら熱を持つ俺の額に手を当てた。その手の冷たさが心地よくて目を閉じた。 でもこれは佑真さんにキスしようとしたからなんだけど……。ごめん涼介君、風邪じゃないことは間違いないんだけど、とても言えない。 「誰?」 背後から佑真さんの冷たい声が聞こえて振り返ると不機嫌そうな顔で腕を組み壁に寄りかかっている。 何でこの二人はこんな不機嫌な顔しているんだ。そんな二人に挟まれている俺はすごく居心地が悪い。 「お世話になっている家の息子さんで涼介君です。涼介君この人は俺の……先輩で佑真さん」 佑真さんと涼介君にお互いを紹介しても二人とも無言で不機嫌そうな顔のままだ。 「母さんが着替え持ってけって」 「沙代子さんが?ありがと」 「いつ帰ってくんの?」 涼介君が着替えを受け取る俺の背後にいる佑真さんをちらりと見てから俺を見つめた。 「えっと……夜には、帰るよ」 佑真さんと離れることを考えると寂しくなってしまう。 「翔は明日仕事だろ。早めに帰れよな」 素っ気ない様子の涼介君はそう言うと帰っていった。 ドアが閉まると佑真さんが後ろから俺を抱きしめた。 「佑真さん?」 佑真さんにキスしようとしたことを思い出して顔が熱くなる。 「このまま連れて帰りたくなる」 優しく囁かれるその言葉に何も考えずただそばに居たくなってしまう。 「な、何言ってるんですか。俺、佑真さんに心配かけてばかりですね」 佑真さんの腕に顔を()り寄せながら目を伏せた。 もう会えないと思っていた佑真さんに会えて、そばに居てもいいと言ってくれた。 それだけでもすごく幸せなのに、一分一秒でも佑真さんと離れたくない。 俺はどんどん欲張りになっていく。 「待ってる。翔」 「佑真さんっ!耳元で話さないで下さいよ」 佑真さんの腕にしがみつきながらずるずると座り込んでしまった俺の頭を佑真さんが笑いながら撫でた。 「お前、連絡先教えろよ」 「俺、携帯もってないですよ」 支えられながらゆっくり立ちあがる俺を驚いた顔で佑真さんが見る。 「は?不便だろ」 「慣れればそうでもないですよ。それに――」 出しかけた言葉を俺は呑み込んだ。 さすがに佑真さんに連絡を取りたくなるから携帯を持たなかったなんてそんな女々しいこと言えない。 「それに?」 興味深そうな顔で訊ねる佑真さんを誤魔化せるんだろうか。 「お金かかるじゃないですか」 「まぁ、そうだな」 苦し紛れの俺の言葉に納得したのかしてないのか、考え込みながら返事をした佑真さんはそれ以上何も言わなかった。 「そうだ佑真さん温泉入りました?疲れがとれますよ」 まだ大浴場の利用時間には早いけど、この部屋には露天風呂が付いている。 「ああ、翔も一緒に入る?」 「は、入りませんよ!」 熱くなる顔で俺が怒鳴ると佑真さんは楽しそうに笑いながら奥の露天風呂に入っていった。 佑真さんは冗談のつもりなんだろうけど、いちいち気にしてしまうからやめてほしい。 そばに居られるのは嬉しいけど俺の心臓は大変なことになりそうだ。

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