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第70話
湯畑に着いた俺は大きな溜息をつきながらベンチに座り込んだ。
佑真さんと湯畑を見たくて誘うまではよかったけど、部屋から旅館を出るまでが長かった。
すれ違う仲居さんや山口さんには『知り合いだったの?どんな知り合い?』と質問攻めにあうし、
沙代子さんと努さんには『翔君は無茶する所があるから、あなたがいれば安心ね』なんて恥ずかしくなる事を言われてしまった。
佑真さんは佑真さんで話しかけられる度に愛想よく対応していたし、さすがイケメン慣れてるんだよな。
「どうした?」
隣に腰掛けた佑真さんが柔らかい笑顔を見せる。
このイケメンはあれだけ笑顔を振りまいてもまだそんな笑顔ができるのか。
「佑真さんってさぁ、自分がイケメンだって自覚してますよね?」
「……まぁ、多少は?」
一瞬考えるような顔をした後、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でしょうね!不公平だよなぁ……」
確かに佑真さんはイケメンだけど、何ていうか全体の雰囲気がもうイケメンな気がする。
最初見惚れた顔は今でも綺麗だと思うし、ドキドキするけど、好きになったのは包み込んでくれるような優しさとか、さりげなくできる気遣いとか考えればキリがない。
でもそれって俺にだけじゃないんだよな……それが少し寂しい。
「お前はみんなに可愛がられているみたいだな」
「え、そうですね。いい人達ばかりで、俺なんかにどうしてって思うくらいよくしてもらってます」
「お前……ここにいた方が幸せなんじゃないのか」
真っ直ぐ湯畑を見つめる佑真さんはただ綺麗で感情が見えない。どういう意味なんだろう。
俺はここにいろってことなんだろうか。
「――つき、佑真さんの嘘つき」
「翔?」
震える声で呟く俺に心配そうな佑真さんの声が聞こえたけど止まらない。
「迷惑なら昨日そう言えばよかったじゃないですか!」
「翔、そうじゃない」
「そばにいてもいいって言ったくせにっ……」
泣いたって困らせるだけなのに、言葉にすると悲しみが沸きあがって止まらない。
「俺は翔にそばにいて欲しい。だけどここにいた半年の間でお前は変わったよ。俺の知らない間に強くなっていた。お前が頑張ったのも勿論だけど、周りの影響も大きいだろ」
抑えられない涙に俯 く俺に語りかける佑真さんの声が静かで優しい。
「だからな、俺といるよりもここにいる方がお前にとっていいんじゃないかと思ったんだよ」
「わかってない、佑真さんは何もわかってないっ!」
顔を上げた俺の視界は涙で歪んで佑真さんの顔がよく見えない。
「何がだよ」
佑真さんの指がそっと俺の頬を流れる涙を拭った。
「俺が変わったって言うなら、それは佑真さんに会いたかったからだよ。ここにいればみんな優しいし幸せだけど、だけど佑真さんがいない。佑真さんがいないと俺寂し――」
涙を拭って真っ直ぐ見つめる俺に佑真さんの顔が近付いて唇が重なった。
「お前……本当にこのまま連れて帰りたくなる」
唇を離すと俺の額にこつんと額を当て目を細めて笑った。
ちょ、ちょっと待って状況が整理できない。
今、佑真さんにキスされた?何で?俺が寂しいって言ったから?
寂しいって言われる度にキスしてたら身が持たないだろ。
それともイケメンは泣いてる人を見たらキスして慰めるのか、そんなわけあるかよ。
「あ、あの佑真さん……」
「悪かったな。帰って来いよ、翔」
俺の隣に座り直した佑真さんは何もなかったようにいつも通り落ち着いていた。
悪かったって何に対してだよ。そんな何もなかった顔されたら何も聞けなくなる。
「すぐには無理ですけど、必ず帰ります」
「そういえば江角には連絡してないのか?」
戸惑いを隠せない俺に佑真さんが苦笑しながら聞いた。
「あ……」
忘れていたわけじゃないけど、意外と心配性な慎吾が半年も連絡のなかった俺を心配してないはずがない。
「してないのか」
「慎吾の様子って知ってます……?」
小さく溜息をついた佑真さんに恐る恐る訊ねてみる。
「お前がいなくなってすぐの頃は江角に連絡するんじゃないかと思って聞いたりはしていたけどな」
思い出すように佑真さんが視線を泳がせた。
「怒ってます……よね」
「それはそうだろ」
当然というように即答されると胸が痛む。
慎吾は優しい、優しいけど怒ると怖い。
普段から怒られてはいたけど、本気で怒られたことはない。
慎吾は本気で怒ると切り捨てるタイプだと思う。
冷たい目で俺の事なんかどうでもいいと言う慎吾を想像して怖くなる。
「許してもらえない気がする……」
「それはないと思うけどな」
不安になる俺を見て佑真さんが不満そうに眉間に皺を寄せた。
スマホを貸そうかと言う佑真さんを断って番号だけ聞いておいた。
電話じゃなくちゃんと会って謝った方がいいと思った。
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