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第72話

 次の日、俺の長い一日は幕を開けた。 仲居さん達には佑真さんの事で質問攻めにあい、お世話になった人達に今月いっぱいで辞めることを告げると何があったんだと心配された。 愛想を振りまきすぎた佑真さんを恨めしく思いながら、説明やお礼やお詫びで半日が過ぎた。 「疲れたぁ」 「人気者だな水沢」 休憩室の椅子に倒れ込むように座る俺に岩下さんがからかうように笑う。 「俺じゃなくて俺の知り合いがですよ」 佑真さんの連絡先を何度断ったかわからないくらい聞かれた事を思い出してうんざりした。 「イケメンで金持ちなんて出来すぎだって山口が騒いでたぞ」 思い出したように笑う岩下さんを見て今日山口さんが休みでよかったと心底思った。 「水沢君いる?」 「いますよ」 休憩室の扉を開けた仲居さんに振り返って答えた。 「水沢君にお客さんだって、事務所に来てほしいって」 「あ、はい」 俺にお客さんって誰だろ。首を傾げながら事務所に向かった。 「失礼します」 ノックをして事務所に入ると沙代子さんと話している後ろ姿に固まった。 「翔君、こちら――」 「翔!」 沙代子さんの言葉を遮って振り返った慎吾が俺を睨んでいる。 「慎吾……」 「おっまえは!」 言いながら近づいてくる慎吾の顔が怒ってると思った瞬間、頬に鈍い衝撃を受けてその場に倒れた。 「(いて)ぇ!!」 「あたりまえだろうが!」 頬の痛みに慎吾に殴られたのだと知り、座り込んだまま頬を押さえて怒鳴る慎吾を見つめた。 「大丈夫!?翔君」 「大丈夫です」 驚いて駆け寄る沙代子さんを制して立ち上がり慎吾に近付いた。 「慎吾、許してなんて言えないけど、ごめん」 「いや、そこは言えよ」 殴った手をぷらぷらと振りながら慎吾が溜息をついた。 「氷もらってくるわね」 俺の顔を見た沙代子さんが苦笑して事務所を出て行った。 「俺、慎吾に話さなきゃいけないことがたくさんあるんだ」 「そうだろうな」 「慎吾、俺……俺な、佑真さんが好きなんだよ」 真っ直ぐ俺を見る慎吾の目から逃れるように視線を落とした。 「それがいなくなった理由?」 表情は冷たいままだったけど慎吾の声から怒りは消えていた。逃げ出した時は自覚してなかったけど、理由は多分そうだ。 「翔君、今日はもういいから、家で話しなさい。これでちゃんと冷やしてね」 氷の入ったビニール袋を持って戻って来た沙代子さんが明るく笑った。 「でも岩下さん一人じゃ――」 「そんな顔じゃ、お客様の前に出られないでしょ。明日腫れるわよぉ」 「申し訳ありません」 俺の頬を指さしながらからかうように笑う沙代子さんに慎吾が深く頭を下げた。 「気にしなくていいのよ。悪かったのは翔君なんだから。ね?」 叱るような目で俺を見る沙代子さんに氷を頬に当て眉をしかめながら頷いた。

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