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第8話
-霖雨-
まだ壊れないんだ。しぶといな。壊れちゃえばいいのに、ボクたちの関係ごと。
「あ…っんっんっあっ、も…放し、て…」
先生は壁に手をついて、ボクは先生の片膝持ち上げて美仁先生のお尻の中をずこずこした。ぱちゅぱちゅ音がするのが楽しくて、もうなんかいい音出すためにあれこれ試行錯誤を繰り返してるところあって。先生はまだボクのこと女の子だと思って孕ませようとしておちんちんから、とろ~って精液零してて、大人って汚い。ボクは男の子なのに。
「放し、て…授業がッ、あっ、あっあっあっぁ!」
いっぱい強くずこずこすると美仁先生は黙って、ボクの好きな声であんあんはんはんしてくれる。
「自習だね、もう」
「そんな…ッ、いけませ…っぁ、んぅく、っぅンっ」
片膝をもっと強く持ち上げて、グッて腰を進めると、美仁先生は背筋を逸らした。
「みんなにこの綺麗なお絵描き見せたいな」
皮膚に染み込んだ白い花と狐の絵を撫でる。綺麗なのに。みんなが綺麗綺麗って言ってくれるよ。秋桜先生だって言ってくれる。そしたら諦めてくれるでしょ?秋桜先生に綺麗って言ってもらえたら、もう諦めるよね?強欲な美仁先生はさ?
「い、や…それだけは、ぁっ、んぅんんっ、」
ボクのちんちんが先生のお尻の穴にきゅきゅって噛まれて、もうボクも喋ってられなくなった。秋桜先生も綺麗だって言ってくれるからそしたら諦めてよね。染井先生も綺麗だって言ってくれるよ。そしたら染井先生に告白されるのやめてよね。強欲な美仁先生。
「だって、ボクだけ知ってるの…、やっぱ、もったい、ない…っ、」
ぱつんぱつん肌がぶつかる。美仁先生のお尻の穴がボクが軽やかに動くの止めようとする。3度目の白いおしっこが漏れそうになった。
「も、ぅ中、出さないでっ、くださ……中は、っぅんんッ」
でも先生のお尻の穴は搾ろうとしてきてる。いつものじわーっとした感じとちんちんが熱くなって溶けそうになる感じは自分じゃどうにも出来なくて、腰も溶けて先生のお尻の中で接合しちゃうんじゃないかと思ったし、それも良い。
「無理です…っ腰止まらな…、あっ、ぅ、」
ずんずん突いて、びゅって白いおしっこが出ちゃう。びゅる、びゅる、ってちょっと勢いがない。
「あ…ぁあ…また…中で、」
ボクがちんちん抜いたら先生のお尻の穴から白いおしっこ漏れちゃう。
「ああ…ぁ、」
背中がびくびくしてる先生は綺麗。蜘蛛の巣に引っ掛かって暴れるアゲハチョウみたい。蟻に運ばれていくイモムシみたい。羽毟られて捨てられたトンボみたい。ちんちんを先生のぐちょちょになった直腸でまたつんつんしながらびくびくする先生の後姿を見てた。止まらない。また白いの出したくなっちゃう。こんな絵があるからボクは失禁をやめられないんだ。ボクはずーっと美仁先生のお尻や口におしっこすることだけ考えて、朝も昼も夜も。ご飯が食べられないし寝れないし、朝はパンツにお漏らししてぱりぱりしてるのを惨めに洗うんだよ。先生がボクの中から居なくならないからいけないんだ。部屋の綺麗な絵も下ろしたのに、ボクの頭の中で美仁先生が背中の絵を飾ってるからいけないんだ。剥いじゃおうかな。皮膚のひとつひとつに入ってるから、また先生の中でおしっこしながらナイフでほじくって、剥がさないと。だって先生の背中をナイフでほじくったら、また白い尿意を催しちゃうんだもん。秋桜先生に綺麗だねって言ってもらって、諦めてもらってからにしなきゃ。秋桜先生の家族をぶち壊そうとしたんだから。早く諦めないからいけないんだよ。染井先生に告白されちゃうからいけない。
「も…放し、てくださ……授業に、」
「行かせない。先生はみんなをぶち壊すんだから。ボクのちんちんも壊れちゃった。もう先生のお尻の穴のこと以外、考えられないよ」
ボクのこと見上げる美仁先生は綺麗だ。みんなにも見せてあげたい。みんなのおしっこで先生のお尻が破裂しちゃえばいいんだ。
「今日は、これくら、いに…っんあ、」
「ボクのこと女の子だと思って、赤ちゃん産ませようとしてるでしょ」
なんでおちんちんから精液出してるの。なんでボクに赤ちゃん産ませようとするの。おちんちんを掴んでごしごしする。ボクの手にぶらぶらしてた精液が大きく揺れて付いた。白いおしっこ出しなよ。厄介なんだけど精液によく似てるから、先生がボクに赤ちゃん産ませたくてヌタウナギみたいに精液出してるのか、ごしごしされてお漏らししちゃうのか分からないんだよ。
「いた、痛いっ、そんな…乱暴に、っぁあっあっ!」
放して、放してって言うから突き飛ばすみたいに離したら、残念そうな声出して、お尻の穴からどろどろボクの白おしっこが流れ出てきた。やっぱり綺麗だな。見つめちゃう。先生を見るとお腹が減って、歯茎がむず痒くなる。歯をがちがち鳴らして違和感を払おうとするけど、少し弾力のある日にそんな焼けてない肌を齧るまで治らない気がした。
「先生、ボクとのおトイレごっこ好きじゃないでしょ」
「…そんな…ことは…」
「ほんとに?ねぇ、ボクばっかりお漏らししちゃうんだしさ、ボクの前で先生もお漏らししてくださいよ」
先生はボクをびっくりしながら見てた。
「怖いなら言ってくださいよ。いつでもやめます。でもみんなに綺麗な絵見てほしくて仕方ないんです。綺麗な絵をみんなに見せてる先生、きっとこの世の何よりも綺麗だ」
先生の呼吸が変になる。息切れ起こしたみたいだった。いっぱい走った後みたいにしつこいほど空気を吸おうとしてる。でも先生は自分のおちんちんに手を伸ばして、ゆっくりとだけどごしごしし始めた。先生の荒すぎる息遣いが少しうるさい。でもろくに手なんて動いてなくて、胸が大きく上下してて、これ尋常じゃないやつだ、って思ってちょっと躊躇ったけど朝秋桜先生から借りたハンドタオルを先生の口元に当てた。荒々しい呼吸が穏やかさを取り戻して、先生の綺麗な目が濡れて歪む。
「ぅ、う…っ、」
泣いてるみたい呻いた。嬉しいんだ!秋桜先生のだもんね。秋桜先生の家庭で使ってる洗剤と、秋桜先生の家庭の匂いと、秋桜先生の匂い。ボクにも懐かしいよ。でも美仁先生がぶち壊そうとしたんだよ。でも秋桜先生のハンカチ嬉しいでしょ?サービスしてあげるつもりで先生の白い失禁を手伝ってあげた。先生はハンドタオルで声を曇らせてたけど、ボクの好きなほうの声じゃなかったし、そんな強く当ててない。
「秋桜先生の匂いするでしょ?もう寂しくないでしょ?」
先生はどぴゅぴゅって白いおしっこ飛ばして泣いちゃった。お漏らし恥ずかしいけど、秋桜先生の匂いだから嬉しいんだ。借りてきてよかった。
「だから早く諦めてくださいね」
見たこともないくらい顔をぐしゃぐしゃにする美仁先生がやっぱり綺麗でボクはまた歯をがちがち鳴らした。
-瑞雨-
肩や首元に痛々しい歯型が残されていて、俺は息を呑んだ。猿でも飼ってるのか、なんて他人事な冗談が浮かぶが人間の歯型で間違いなさそうだった。あまりこいつにこの痕を意識させたくなくて、敢えて触れなかった。耳朶を食んで、首筋に唇を当てていく。わずかに俺を拒むよう手が俺と月下の上半身の間に入った。
「つれぇか?」
「い…ぃえ…」
小さく震えながら律儀に答えるから可愛い。目的なんて多分忘れていて、そのまま鎖骨や胸や腹まで唇で辿った。脇腹にも数カ所歯型がついている。肩や首元ほど血が滲んだり鬱血している様子はなかったが、それでも赤くなって残る歯の痕は鮮明だった。いつ付けられた?昨日今日じゃなかったら相当な力だぞ。痛いんじゃないかと月下を見れば、俺から顔逸らしてどこかを見つめていた。腰が逃げようとしている。形の良い臍に口付けて、それから引き締まって割れてはいないが筋の入った腹にも執拗に唇を落として、一度下半身に向かったがまた上がっていく。身を引こうとするから腕を掴んで、舌で胸の突起を転がした。腕を上げさせて腋にも舌を這わす。どこも月下の肌は俺に馴染む。
「ふ、ぁっ……」
腋の下が弱いらしく、なかなか日に当たることもない箇所を柔らかい肌を吸うと小刻みに震えて、口を押さえてしまう。俺は聞きたいんだけどな。声我慢すんな、なんて言ったら俺に対して天邪鬼なこいつは余計我慢するんだろうな。
「ぅ、あ、」
もう片方の腋も舐め上げる。びくっと跳ねた腰がまた俺から逃げようとする。胸元を啄ばんで、手を脚の間へ入れた。スラックス越しに内股に触れると手を挟まれる。
「な、んで…そんな…慎重…っな、んですか…」
月下の息は少し乱れていた。
「……っ、」
「染井…先…生?」
余裕あるのな。お前は。
「傷付けねぇって言った割には、自信ねぇんだよ…」
素直に白状するしかなかった。本意か不本意かは差っ引いて、圧倒的に俺はこの場合に於いて経験不足だった。月下は片手で顔を覆ってしまった。もう片方の手が俺の手を取って股間に導く。少し盛り上がっている。感じてはくれているみたいだった。
「多少痛くても…大丈夫ですから…」
「でもよ、」
「……これじゃ……………恋人の、セックスです…」
ああ、そうだ。これは強姦だった。咲を守るための共同作業で、深月からこいつを引き離して、俺と深月が離別するっていう無理矢理なシナリオだった。恋人みたいなムードは要らない。
「あんたを一方的に恋人か何かだと勘違いしてる頭のおかしな強姦魔ってことかもな」
「酷なこと、を…なさ、るんですね…」
股間に置かれたままの掌をゆっくりそのまま動かして撫で摩る。月下の眉根が痙攣するみたいに寄って、いやらしい。
「ごめんな、巻き込んじまって。全部俺が悪ぃから、何度でも謝る」
「このまま、…合意の上のセックスってことに、んぅ…しませ…か、ぁっん、」
「やめとけ。後悔する」
潔癖で几帳面で神経質なあんたには、そんな器用な真似できないだろ。破綻する。痼 りになって癌になるなんてごめんだ。それなら最初から割り切って、あんたを。
「ぅんっ、」
「…ぁ」
手を握られて、指が絡む。抱擁し合うみたいに互いの手の甲に互いの指が減り込んで、痛いくらいが気持ち良かった。拒むことも出来ず、隙を突かれた唇は深くて言葉が消えた。長い睫毛が伏せられたあいつの綺麗な顔が鼻先が掠れるほど近くにある。柔らかい。一度キスは解かれて、それでも下唇がまだ接してるんじゃないかってくらい近い。
「私にも覚悟くらいあります」
また唇が塞がれて、舌先を吸われて、こんな受身でいられるわけがなくて。あいつの口腔を荒らして、蜜みたいに甘いあいつの舌を絡めて酩酊感に似た悪くない麻痺に身を委ねる。あいつの手が怯えて、俺は指を絡め直す。好きだ。苦しいくらい好きだ。胸を開いて、お前をどれだけ好きか伝えられたら。押し潰して壊しはしないか。それがただ怖い。お前は強がって意地を張るだろうから、俺はその矜持ごともう胸の内は明かさないよ。
下腹部を擦り合わせて、ゆっくり進む。俺のペースで。あいつのリードで。寛げて露わになった月下のペニスも綺麗な形をしていた。芯を持って少し濡れている。俺を怯えながら見つめていた。初めてだけどやってみるか?って感じで根元から先端まで一直線に舐め上げてみる。片手は固めに繋がったままで本当に恋人になったんじゃないか、なんて考えると少し空しくなった。
「…舐め、っなくて、いいっ、んです……よ、ッぁん、んんぁあ…」
って言われると、舐めたくなる。月下のだから抵抗なんてなくて、となるともしかしたら一度きりの人生でたった一度きりの経験してるのかもな。コレがある女好いちまったら別だけど。なんて、その頃俺、吹っ切れてんのかこいつのこと。見様見真似で、歯は立てるなんてよくある文句に従って、画面越しによく見てた動きをする。実際されたやつは微妙だったけど、仕方のないことなのかもな。どこで上手くなれっていうんだ?高校生くらいのガキの時分に。
「んっ、あっ、や、ぁっ…んん…」
繋いでない片方の手が俺の髪を梳いた。マジか。心臓がどくどくいってる。心不全で死ぬかと思った。腹上死かよ、こいつの前で?悪くねぇけど今はダメだ。気持ちいいのか分からないけど口の中で質量増しててあいつの味がするんだから、悪くはないはずだ。
「だ、め…口離して…離してっ、ぁあ、離してくださ、」
口淫もこれきりだとしたら口でイかせるのもこれきりかも知れないわけで、単純な興味と上昇志向が俺から口を離させようとする熱く汗ばんだ手を拒んだ。
「出、る…っんあッあっんんっ、く、」
でも月下もそれなりの力があって、俺の頭が離された瞬間にあいつの精液が俺の顔面に放たれた。やっぱ男なんだよなっていう匂いがして、鼻を垂れて落ちてくるそれを舐め取った。月下は顔を真っ赤にして、トロンとした目をしてたけど俺を見た途端に我に返った。こいつは感情的で案外慌ただしいやつだよ。そう思うと、ふと俺が遠目に見てきて、欲しくて仕方なかったこいつの微笑みが突然切なく轟いた。
「ごめ、なさっ…今拭きますから…」
「いや、いいよ。あんたのだし」
「私が嫌なんです!」
ベッド脇のティッシュから数枚抜いて甲斐甲斐しく俺の肌を拭っていく。あいつの指で付いちまったから舐め取ったら睨まれる。ティッシュ握ったままのあいつの腕を取って再開。「このままここに貴方のそれを挿れるんです」とこいつは少し不貞腐れたように説明したが、多分嘘だなと直感した。女でもそれなりに慣らすのにどうしてそういう器官じゃないここをそんないきなりむしろ反対の用途で使えるんだ?
「ちょ、っと、染井先生っ!」
またあいつの脚の間に顔を突っ込めばべしりと頭を叩かれた。
「体勢変えるか。俯せになってくんねぇ?」
ああ、こいつが俺に素直に従うわけないんだった。だが月下は俺をジト…っと見てあいつらしく乱れたシャツを直してから素直に従った。
「いいのか?」
「そのほうが手っ取り早いんでしょう…?」
この時間がずっと続けばいいのに。いつ来るんだよ、深月チャンは。あのクソじじいの算段は果たして合ってんのか。でもま、今更どうでもいい。
あいつは枕に顔を埋めて、俺は少し炎症起こしてる括約筋に舌を這わせた。月下もそれは想定していることだと思ったが、びっくりして暴れた。
「なに、して…汚いじゃないですか…」
「切れたらどうすんだよ。なんかあんのか、ローションとか」
「…ありません」
じゃあこの議論は終わりだな!とばかりに俺は勝ち誇った顔をしてやった。くすぐったそうにあいつの膝が震えて、十分舐めたつもりで指を入れた。持ち上げていた腰がすとんと落ちて、大丈夫かと聞いてやれば少し不安げにしながら頷いた。こいつからすべての不安要素を取り除けないことが情けなくて仕方ない。内膜を傷付けないように探って、ゆっくり抜き挿しに慣れさせる。窄まっているはずの蕾みたいな箇所がやっぱり少し炎症を起こしていて無理なんじゃないかと思う。無理ではないと思うが、こいつが日常生活で痛いとか痒いとか痛痒いとか、そういうことになるなら。多分俺だけじゃないんだろ、近日中に相手するのは。だとしたら俺との行為はノーカンなほうがいいわけで。とんだ猟奇的なエロビデオと遜色ない肉体破壊みたいで嫌なんだけど。
「染井先生、も…いいです、から…」
「いや、まだだ」
「は、やく……あっ、あうっ」
指先がこりっとした小さな瘤みたいなところに当たった。少しかぶれてる括約筋が俺の指を食い締める。もう一度確かめるため同じ場所に触れた。
「ぅんあっ、ぁ、」
あいつは口元を覆っていた。声聞きたいけどな、俺は。あいつが意地張って面倒臭いことになるから口にはしない。少しだけ恨みがましく思ってまたそこをくすぐった。
「そこ、ダメ…ぃや、そこダメ、そこい、やっ、やめて、」
ぐずぐずに蕩けた顔で俺を睨んで、目は潤んで歪んでる。可愛い。
「い、や…こわ、い」
あいつが手を伸ばしてきて俺の袖を摘んで揺さぶる。ショットガンで撃たれたことないけどこんな感じかもなって衝撃が、見ちゃいけないもの見ちまったかもって罪悪感と一緒に駆け巡って、危うく触らずにイくところだった。怖がってるんじゃやめるしかない。
「悪り。真面目にやる」
とはいえ真面目にやっちまうと、俺は少しかぶれた程度のここに俺の俺を突き立てる覚悟みたいなのが決まらない。傷痕ひとつ付けたくない。こいつの中から、俺の罪がさっさと消えないと、まずい。何の気なしにただ邪魔だとすらも思わずこれからの行為に必要ないという判断もまた頭は下してないくらいの無意識で俺はこいつのシャツを捲った。激しい拒絶が何だったのか分からなかった。背中に何か傷や痣にしちゃ鮮やかなものが見えた。しかしまだ状況が飲み込めず、俺から精一杯距離を取ろうとする月下を呆然と見ていることしか出来なかった。
「大丈夫か?やっぱり嫌か」
あいつは必死に何か庇うみたいに壁に背を向けて俺を正面に捉える。顔色が悪い。冷汗まで浮かんでいた。月下自身がどうしていいか分かってなさそうで、これは解散かも知れない。急に嫌になることなんてよくある。波ができちまったんだろう。他の相手のことは知らんが、俺はこいつに嫌われてることだけはよく知ってる。
「咲を巻き込みたくねぇからあんたのことは抱かないとならないみてぇだけど、今日は、」
深月のことは上手くやるし、クソじじいには適当こいておけばいい。
「待って、ください。取り乱してごめんなさい」
手を振りかけたところで呼び止められて。まだ調子は戻ってないようだった。
「刺青入ってるんです、背中」
刺青。いれずみ?あのいれずみ?イカスミ?アカスリ?何ズリ?は?
例えばあの力自慢が、自分から喋りはしないだろうが、もし力自慢が言ったなら、なるほどね!で済んだだろう。ただ刺青という単語と月下へのイメージが結びつかなくて、何か聞き間違ったのだろうと思い込んじまうのは仕方がない。
「津端くんにはそのことを黙っていて欲しかったから…その、」
「ああ」
密約交わしてるわけかい。
「言わないでください…お願いします。秘密にしていてください。誰にも言わないで…」
「ああ」
俺のこの軽い感じがあいつは信用ならないみたいだった。
「何でもします…逆らいませんから…」
「いや、いいって。言わねぇし」
信用出来ないないんだ、こいつ。俺のこと。俺のことだけじゃない。深月のことも。こいつの中でそれだけ背負っちまってるものがどれだけ立場を脅かす危ういものか分かってんだ。
「じゃあ1個約束してくんねぇかな」
「はい…」
多分乗らないと、こいつは俺を信用しない。俺は俺なりに周りに誠実に生きてきたつもりで、案外独り善がりだったりするわけで。何が誠実だ?咲とこいつを秤に掛けただろうが、躊躇いもなくな。それでこいつを手籠めにするって迷いもなかったろ。誠実が聞いて呆れる。でもな、俺にも許せる不誠実と許せない誠実ってもんがあんだよ。
「俺にくらいは甘えろよ。他に当てがないならな」
そんな漠然とした抽象的なこと求めたら、律儀なこいつは戸惑うよな。手に取るように分かっちまうくらい、俺はこいつを見てた。多分こいつだけを。咲や深月みたいに勝手に知っていったんじゃなくて。
「どうして、貴方は…」
「服着ろ。今日はおしまいだ」
でも月下は服を着なかった。裾を捲り上げて、俺に背中の素肌を晒した。月下美人と九尾の狐。花と獣の白さを出すために背景が薄暗くされ、広く皮膚に色が入っていた。月下のしなやかなシルエットがその刺青の美しさを際立たせる。それから俺の個人的感情の補正も大きいのかもな。似合ってる、なんて言葉は思っても多分あいつの気持ちに適しちゃいない。
「15の時に入れられたんです」
ガチャンと音がして、ドアが開いた。チャリンと音がして、小銭かと思ったけど鍵だった。保健室の。
-霖雨-
風信くんがボクを見張ってる。ずっと、付いてくる感じがする。何さ?美仁先生とのこと疑ってるの?
「ダメっすよ、もうあんまり、月下せんせのこといじめちゃ」
へへって風信くんが笑う。ボクと風信くんは似た者同士なのに。
「え?何のことです?」
へらへらしてる風信くんは友達いない。ボクもだよ。やり過ごすクラスメイトはいるけど、なんだか1人になりたがって、それが楽。特に風信くんはみんなからちやほやされてるのにみんなと違う方向見ててなんか変だし、苦手だな。
「…調子乗んなよ、くそがき」
風信くんはボクの胸倉を掴んだ。何の話。どうしてボクが風信くんに怒られなきゃなんないの?周りの子たちも気にしてるじゃん、優等生のくせに。
「何の話ですか?風信くん、怖いなぁ。急にどうしたんです」
保健室に行かなかったこと?だって行く必要ないもん。ろくなことないでしょ。暮町さんが、染井先生が話があるから保健室で待ってるって言ったけど、嘘だよ。染井先生なら話があれば自分から来る。改まった場所なんて指定しない。しかも人伝に。秋桜先生と仲直りして欲しいからさ、秋桜先生に保健室に来てって言ったんだ。そしたら秋桜先生と染井先生、仲直りしてくれるでしょ?
「あんたには心がない」
「風信くんみたいなイヌには言われたくないな。3回回ってワン!って鳴いたら、お父さんから美味しいごはんもらえるのかな?」
美仁先生はボクのおトイレなんだから、お父さんの愛人だろうが染井先生に告白されようが関係ない。秋桜先生を諦めない罪人なんだから。秋桜先生と染井先生のことぶち壊して、ボクの世界が崩れちゃった。次は秋桜先生の家庭を壊すのかな。
「月下せんせに謝れよ!」
ボクが?お尻の穴いじめて壊しかけちゃったこと?でもボクらのこと壊したことより全然軽いでしょ?じゃあノーパンのまま授業行かせていっぱい許してされたこと?
「秋桜先生を巻き込みやがって!」
美仁先生の白いおしっこで汚しちゃったやつは代わりのハンドタオル返したのに?
「八重せんせに…」
風信くん、染井先生の話ばっかりするよね、ボクに。親しくもないのに。それしか話すこと、ないの?
「八重せんせを助けてよ」
何から?美仁先生の呪縛から?呼び出しのチャイムが鳴って、風信くんは愕然としてスピーカーを見上げてた。呼び出されたのは風信くんで、ボクは肩を竦めて彼が走っていくのを見ていた。もう戻らないことは秋桜先生の結婚で分かってたけど。美仁先生が秋桜先生を諦めないから。美仁先生が染井先生に告白されちゃうから。お母さんからお父さんを奪った女の人みたい。綺麗で、強欲で、ボクに秘密を押し付けて。
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