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第3話

◇  第三地区エレメンタルサーヴァント志武谷(しぶや)支部の支部長特務室。時刻は業務開始時間、朝の九時を回った所だ。  エアコンの効いた涼しいオフィスルームは、夏の連日の酷暑を感じさせない室温に保たれている。  俺、藍佐波水祝(あいさわみのり)は、ここのトップである姫王(きおう)支部長に呼ばれ、彼のデスク前に待機していた。  しかし呼ばれたのは彼だけではなかった。もう一人、俺とペアを組んでいる男もこの場にいなくてはならないのだが、召集時間が過ぎても未だその姿を見せていなかった。  否、召集時間は知っている筈だ。昨夜に確認のメールをしたら、旧友が経営しているバーの店内の写真と共に、短い了解の返信が送られて来たのだから。  俺は、目の前に出された任務内容が書かれているだろう書類を見詰めながら、小さく溜め息を溢した。  姫王は右腕にはめている、ダイヤモンドがさりげなく散りばめられた腕時計をちらりと見ると、書類を手にしてこちらを見た。 「玖珂(くが)君は、まだ来ないのかな?」 「姫王支部長、申し訳ありません。時間通りに来ない玖珂が悪いので、あいつ抜きで任務の説明をお願いします」  表情を動かさずに言った俺に、彼は苦笑した。 「でも、いいのかな」 「どうせ昨夜も遅くまで遊び歩いて酒を飲み過ぎ、寝過ごしたか何かでしょう。私も支部長も、奴がのんびり出社するまで悠長に待てるほど暇じゃないんです。使えない奴を待っていても時間の無駄です」  俺の容赦の無い言葉に、君がそう言うなら仕方ないね、と呟いた。そして目の前の書類を手に取るように指示を出すと、今回の任務内容の説明をし始めた。 「依頼人は、巫桂斗(かんなぎけいと)、二十五才。職業は画家だ。同居人は彼の義兄である、ピアニストの巫遥(かんなぎはるか)。三十三才だ」 「画家にピアニストですか」  姫王は一つ頷き、顔の前で指を組んだ。 「巫遥は一ヶ月の間、ピアノのリサイタルのためにヨーロッパに遠征していてね。先週末に帰国後、自室で一週間ずっと眠り続けているらしい。今回君達に解決して貰いたい案件は、精霊障を引き起こして眠り続けている、彼の眠りを覚まさせる事だ」  書類には、彼らのプロフィールが簡単にまとめられている。その項目を流し読みながら、気になる情報を頭に入れていく。  巫桂斗は、十歳の時に両親が車の交通事故に遭い、死別。その後、身寄りの無かった彼は、一時期保護施設に容れられているのを、両親の親友で同僚でもあった遥の両親が知り、彼を引き取った。  義両親との仲は良好だが、両親共にビジネスで海外勤務で日本にいない。  兄弟でマンションに住んでいたが、その間、借家にしていた桂斗の両親の家が、火事になり焼失。その後、義兄の遥が、桂斗の両親の家を建て直して、兄弟二人で移り住んだ。それが二年前の事だ。  遥は、幼い頃から水属性の精霊との精霊障の経験あり。主に感情の高ぶった時に、コップの水が溢れる程度。レベルCマイナス。弟の桂斗については、特に記載はされていなかった。 「義兄の巫遥は水属性なんですね」 「そうなんだ。それもレベルCマイナスだ。一般人としてはやや高めだね。特に過去に事故や事件は起こしてはいないが、ある程度の威力を持っていると思っていい。君達の実力なら心配はないと思うが、くれぐれも油断はしないようにね」 「了解しました」  二人分の書類を鞄に入れてから、では依頼者の自宅に行ってきますと、一礼をした。  君も色々な意味で問題児な玖珂の相手をするのは大変だろうが、彼を頼むよと、姫王は笑った。 「相棒と仲良く仕事をするんだよ」 「あいつが俺を怒らせなければ、問題ありません。では失礼します」  俺はぴしりとそう答えると一礼し、部屋を退出した。

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