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第4話

◇  志武谷支部のオフィスビルを出ると、突き刺さるような眩しい真夏の陽光を身に受け、熱せられた高湿度な空気を吸い込む事となった。息苦しいの一言に尽きる。次いで一気に身体からじっとりとした汗が、スーツの中を占めていくのを感じた。  ここ志武谷は、流行のファッションやグルメ、個性的な店が所狭しと乱立している街だ。華やかで若者に人気の繁華街がある事で有名な一方で、あちこちで急勾配な坂に出くわすのでも良く知られていた。灼熱の夏に普通に歩くだけでも暑いのに、更にきつい坂に苦しめられるとは。  おまけにここから駅まで、かなり歩かなければいけないのを思い出し、自然とうんざりとした表情になった。  しかし、電車に乗らなければ依頼者に会うことが出来ない。そう思い、駅に向かおうと一歩足を進めた時だった。  一台の車がエントランスの前にするりと横付けされた。世界的に有名な海外老舗メーカーのエンブレムが輝く、燃えるような赤いスポーツカーだ。  一目で車の持ち主が誰か分かり、その無駄に綺麗に磨かれた車体を見て、思わず靴跡を付けたい衝動に駆られる。じっとりとした瞳で、さっさと窓を開けろと苛ついていると、助手席の窓がゆっくりと降りた。 「遅い」 「せっかくお迎えに上がったのに、一言目がそれかよ」  運転席でハンドルを握っている男が、不肖の相棒、玖珂匠真(くがしょうま)だ。  赤みのかかった金髪に、日に焼けた小麦色の肌が、危険な匂いを漂わせている刺激的な印象の男だ。服装は深いグレーのスーツなのに、容姿のせいで全うな職業に見えない。これでも国家公務員だというのに。 「遅いと言ったのはそれだけじゃない。お前が遅刻してくるのも、就業時刻を過ぎてからやっと遅刻するとメールしてくるのも、エレベーターが降りてくるのが遅くて苛々するのも、助手席の窓がゆっくり動くのも、全部お前が来るのが遅いせいだと言ったんだ」 「最後の方、俺のせいじゃなくない?」  呆れたような声を無視して、助手席のドアを開け乗り込んだ。早くこの汗をなんとかしたいのだ。車内のクーラーの冷気で、さらりと身体の汗が引いていくのを実感しながら、カーナビに依頼者の住所を打ち込むと、ここに行くように促した。 「了解。依頼ってどんなの?」  玖珂は軽やかにギアを操作して、訊ねてきた。  俺は振動音と共に車が発進するのを感じ取りながら、姫王に説明された通りの内容を話す。 「ふうん。画家とピアニストか。芸術家同士なんて、精霊とめちゃめちゃ相性良いじゃん。やばくね?」  俺が気になった点に、玖珂も引っ掛かったらしい。 「怪我人や死者が出たという報告はなされてないから、今の段階ではなんとも言えない。どんな現象か実際に確認するまで詳しい事は分からないが、この部署に回ってくるという事は、巫遥の昏睡以外にそれなりの被害が生じていると見ていいだろう」 「ま、そうだろうな」  カーナビに指示される通りにハンドルを切りながら、玖珂は他の可能性も上げた。 「それか、上層部に関係者がいるっていうのも考えられなくもないけどね」 「それも含めて、依頼者達に会って直接話してから判断しようと思っている」 「そうだな。じゃあ目的地に着くまで、気になったとこだけ教えてよ」 「もちろんそのつもりだ」  俺は手元の書類を広げ、必要な箇所に付箋を貼り付けながら、依頼者達に関する情報を頭に入れていった。

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