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第5話
◇
カーナビに案内されて止まった家は、高台の閑静な住宅街にあった。
茶色の煉瓦で作られた家は温かみがあるも、壁面や窓は近代的で洗練された佇まいの新築の洋館だった。
高いフェンスで囲まれた広い庭から、小道を模した造りの緩やかな階段を登って行くと、玄関にたどり着いた。
呼び鈴を鳴らすと、しばらくして若い男の声で返事があった。
「どうも、お世話になっております。御依頼の相談で伺いました、エレメンタルサーヴァント特務課の藍佐波と申します」
「あ……、はい、お待ちください。今行きます」
暫くすると、鍵を開ける音がしてドアが開いて、背の高い若い青年が現れた。
俺は、ぴしりと背中を伸ばしてしっかりと一礼して挨拶を述べた。
「巫さん、初めまして。本日はよろしくお願いします」
「初めまして、藍佐波さん。こちらこそこの暑い中、来てくれてありがとうございます。僕の事は、桂斗と呼んでください」
彼が依頼者だと確認し、改めて彼を観察した。声はやや緊張で硬いが、素直そうに見える。短髪で明るい茶色。百九十ありそうな高身長。適度に運動しているのか、逞しい身体と優しげな瞳に、清々しい若さを感じられた。
「お気遣いありがとうございます。車を近くの駐車場に置きに行っている職員がもう一人、後程お邪魔します。先にお話しをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。このまま上がってください」
中に入ると、飴色の重厚な板が敷き詰められた玄関が目に入り、そのまま廊下へと繋がっていた。木材の芳しい薫りが部屋を包み、家全体を護っているように感じた。
歩くとコツコツと乾いた心地の良い音が鳴る。桂斗の足元を見ると、ブラウンのお洒落だが履き心地の良さそうな靴を履いていた。ここの住人は、どうやら靴を履いたままで生活する西洋的なスタイルらしい。
彼が防犯の為に、一度鍵を掛けようとしているのを見遣った時だった。
仄かな甘い花の香りと、ピアノの音色が聴こえた気がして、廊下の方へと振り向いた。
「どうかしましたか?」
軽やかで柔らかく、それでいてどこか物悲しい調べ。
立ち止まってその繊細な旋律に耳を澄ませていると、俺の様子に気がついた桂斗が振り向いて訊ねた。
「誰かピアノを弾いていますか?とても綺麗な曲ですね」
「え……?」
「今、ピアノの音が聴こえたような気がしまして」
「もしかして、藍佐波さんも聴こえるんですかっ?」
驚愕し勢い込んで来る桂斗に驚きながらも、穏やかに冷静に対応するよう努めた。
「ええ。微かですが、遠くの方からピアノの音が洩れ聴こえて来ていますよね」
「良かった……。てっきり俺の頭がおかしくなって、幻聴が聞こえ始めたかと思っていたから」
「どういう事ですか?」
「誰も弾いていない筈なんです。今この家には、俺と藍佐波さんの他には、義兄の遥しかいません。でも唯一ピアノを弾ける義兄はずっと眠ったままで、弾ける状態じゃないんです。でも朝も昼も、夜中でさえも、気付くとあのピアノの音が聴こえてくるんです」
辛そうに声を振り絞る桂斗はそう呟きながら、天井を越えた何かを見つめた。どうやらピアノの音は上の階から聞こえて来るらしい。
俺もその不思議なピアノの音色に注意深く耳を傾けようとした時だった。ジリリンと、玄関のベルが鳴った。
揺蕩うように流れていた優雅なピアノの調べが、まるで火を吹き消すかのように、ピタリと止まった。
「あいつは、まったく……」
見事な間の悪さに、低い呻き声が出た。せっかく解決のヒントになったかもしれないのに。
そう思いながら玄関に視線を向けると、丁度玖珂がドアを開けて入ってきた所だった。
「こんにちは。お邪魔します。直ぐ近くに駐車場が見つかって、いやぁ、助かったわ。あれ、そんな難しい顔してどうした、何かあったのか?」
「いいから早く入って来い。桂斗さん、すいませんが話はまた後にしましょうか。彼が玖珂です」
桂斗に能天気な顔で明るく笑う玖珂を紹介すると、彼は軽く頭を下げ挨拶した。
「玖珂匠真です。よろしくお願いします」
「巫桂斗です。桂斗で大丈夫です。では早速ですが、詳しい話をしたいので、リビングへどうぞ」
桂斗は、今度こそ玄関の鍵を掛けると、奥へと案内した。
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