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第6話

日当たりの良い、白と茶系を基調とした家具で綺麗に纏められたリビングルームに通された。  桂斗が飲み物を持って来ますので、座って待っていて下さいと言ってキッチンへ向かった。  玖珂が先にロングソファに腰掛けた後で、俺も端の方に座った。一人分の間隔を空けてソファに座った俺に、何か言いたげな表情で見ているのに気付かない振りをして、必要な書類を鞄から取り出していく。それでも、彼は俺の顔をじっと見ながら訊ねた。 「なぁ、俺が来る前に何かあったんだろう?」 「あったと言えばあったが、まだ不確かなままだ。何せ、お前が家に入って来た途端に止んでしまったから」 「あっそ……。何だよ、俺のせいってのかよ」 「お前のせいだかどうかは分からないが、タイミング的にはそうかもな」 「それってどっちだよっ」  子供みたいに突っかかってくる男には相手してられないとばかりに、自分で判断しろとため息を吐いてやった。 「もう少し自分で考えたらどうなんだ。さっきから聞いてきてばかりじゃないか」 「ぐっ……」 「ほら。待ってる時間が勿体ない。しっかり読んでおけ」  先程から何が気に入らないのか絡んでくる彼に、朝に姫王から預かった玖珂の分の書類を渡した。  彼は不満気にしながらもそれを受け取ったが、中身を見もせずにつまらなそうに横にひらひらと揺らした。 「えー。さっき車の中で教えてくれたのでもういいだろ」 「一回読んだら覚えられる頭脳のある奴が面倒臭がるんじゃない。全部読め」 「だって面倒臭いし。第一、眠ってる義兄はレベルCマイナスなんだろ?そう危険でもないじゃん。大丈夫、気にし過ぎだって」  良くも悪くも、精霊に干渉され易い人間はいる。生まれてくる前から精霊に気に入れられ、先天的にその精霊の力を借りて操られる者。または、世間の荒波に揉まれて生活する中で、事故や事件に巻き込まれて突然開眼するタイプだ。  先天的な力を持つ者を割合にすると、レベルCからEが半分以上を占めているのに対し、後天的に目覚めた者は、BからAに一気に跳ね上がる。  これは恐らく、人間と精霊の暴力性にも関係しているのではないかと、一般的に考えられている。  こいつは先天的だったなと思いながら、楽天的で物事を深く考えない玖珂に、今まで何度も言っている言葉を返した。 「お前はそうかもしれないが、こっちはそんなレベルでも気を抜いたら、意識を持っていかれるんだ。悪意があるとしたら尚更だ。自分基準で考えるなと、いつも言っているだろう」 「その時は俺が守ってやるって」  静かに、しかし力強く言われた言葉に、筆記具や依頼同意書などを用意していた手を止めた。そしてゆっくりと玖珂の顔を見返した。  玖珂の瞳は、光彩が細く赤く煌めき、自信に満ち溢れている。その瞳を見て、自然と反発心が出てしまう。 「守ってやるだと……?大した自信だな。対して精霊の姿が視えないくせに」 「水祝の能力と比べたら、そりゃそんなに良く視えないって。でも視えなくたって気配を感じられる。それで十分だ」 「何が十分だか俺には全く分からないが、口ばかりじゃなく行動で示して欲しいね」 「分かってるよ、やるときゃやるって」  そんな彼の軽い態度に、俺は溜め息を吐いた。遅刻常習犯に行き当たりばったりの気紛れ屋でやる気も感じられない。こんな不真面目な奴と組まされていると、いつか仕事にも張り合いが感じられなくなりそうだ。部署の移動が先か転職が先か。あぁ優秀でなくていいから、せめて常識のある相手とペアを組みたいんですよ、姫王さん。そう心の中で愚痴っていると、桂斗がお茶を持って戻って来た。 「すいません。お待たせしました」 「ありがとうございます」  桂斗は、冷えた三人分のお茶を机にそれぞれ置くと一人がけのソファに座った。  俺は緊張した表情の彼に軽く頭を下げ、話し始めた。 「では改めまして、巫さんの依頼について確認させて頂きたいのですが」 「はい」 「ピアニストである巫遥さんが、リサイタルでヨーロッパを一ヶ月遠征後、東京へ帰国。その当日から昏睡状態が続き、一週間が経過。何人もの医師にも看てもらったが、原因不明と診断された。間違いはないですか?」 「はい。そうです……。病気の原因が分からないから、治療もしたくても出来なくて。栄養剤を点滴したり、身体を拭いたりする位しかしてあげる事がなくて」  逞しい肩を落とし、憔悴した表情に焦燥感を滲ませながら、彼は続けた。 「そうしていたら、見舞いに来てくれた義兄さんの友人が、もしかしたら病気じゃないかもしれないって言い始めて。それでこちらのエレメンタルサーヴァントを紹介してくれたんです」 「そうだったんですね」 「はい。僕もどうしていいか分からなくて不安だったし、どんなやり方でも義兄さんが目を覚ましてくれたらって思って……」  確かに彼らのように、原因不明の病や意識障害を起こしたりして倒れ、困っている家族からの相談は毎日あると聞いている。  そういった依頼も過去に何件も受けているので、特別な驚きはない。しかし昏睡状態になって僅か一週間で依頼の許可が下されるのは、極めて珍しい。本当にその案件は、真実精霊と関係があるのかどうかを慎重に精査されて、どんなに急いでも通常ルートだと、最低でも一ヶ月以上はかかるはずだった。特務隊員も資料を読み込んだり、書類を作成するのに数日掛けるのだ。今回のような、朝に数ページの薄っぺらい書類を渡されて殆ど準備を与えられずに、取り敢えずすぐ行ってこいと言われたのは初めてだった。  俺はそう考えてながら、ちらりと玖珂を見た。  でもあいつは、殆ど何も言わなかった。もしかしたら、玖珂にとってはそう珍しい案件ではないのかもしれない。  そう思ったら、めらめらと不思議なやる気が湧いてきた。対抗心といってもいいかもしれない。  あいつにだけは負けたくない。  どれだけの力の差があろうと、彼の足手まといになるつもりはなかった。

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