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第11話

◇ 冷たい。ここは嫌だ。 頭の中に、様々な映像と声が再生されては、消えていく。嫌な忘れたい記憶程、鮮明に現れては俺の心を掻き回して、消えない傷を残していく。 『可哀想に。施設長から聞いたんだけど、お子さん達まだ中学生なのにねぇ……』 『義父が長男を虐待してたんですって。それを偶然弟が目撃して、義父を刺しちゃったらしいわよ。暴れ回ったからか、家の中がものすごい荒れようだったんですって』 『弟さん、殺人の罪で少年院に入ってから、ずっと家族に会うのを拒否してるんですって』 『母親は、錯乱して何度も自殺しようとして精神病院に入院されたらしいわよ』 『まぁ……。とても仲の良い家族だったらしいわよね。そういえば、長男は母親似で儚い感じの美形だものね』 『あぁ、それだからもしかして義父も魔が差して……』 『水祝君のせいな訳じゃないけど、ねぇ……』 煩いっ……。思い出させるな。赦さない……。家族を悪く言うな。これ以上汚すなっ……。 『藍佐波君、今日は君にお客様だよ』 『藍佐波水祝君、初めまして。精霊障専門処理特務機関エレメンタルサーヴァントの姫王といいます。先日は大変だったね。大変な時に申し訳ないんだけど、単刀直入に話をさせてもらうよ。君は国から水属性精霊障レベルAプラスに認定されてね。国の保護対象に決定したんだ。学校からは、かなり優秀な生徒だと窺っている。これからの中学三年生から大学卒業まで、うちが経済的にも全面的に面倒を見させて貰うよ。だから安心して生活していい。その後は特別カリキュラムを受けてから、特務機関職員として私の下で働いて貰う。これは最高決定事項だから、決して覆らない』 俺の意思は無視で、いきなりなんなんですか?国の最高決定事項?エレメンタルサーヴァント?ふざけてんのかっ……。それってサーヴァントじゃなくて、スレイブ(奴隷)扱いなんじゃないですか? 『あ、藍佐波君っ。言葉には気をつけないと……』 『この先、精霊を巧く手懐けて操られるサーヴァントになるか、振り回され続けて単なる惨めなスレイブで終わるか。それは君次第だよ。それに、君達家族を面白おかしく記事に書いて、食い物にしたマスコミや世間に、せめて一矢報いたいとは思わないかい?彼らの税金で食って生活して大学に行き、就職して彼らより高額な給料を得る。君はそれ位の対価は手に入れたって許される存在だ。そう思っても、僕は君を責めないよ。どうだい、少しは魅力を感じないかい?」 復讐?そうだ、憎い。勝手に家族の全てを好奇心という名の消えないペンキで塗り潰していった、あいつらが憎い。バラバラに関係を壊していった、元凶が死ぬほど憎い。 俺さえ、あいつの暴力を我慢すれば良かったのに。弟に知られた自分が憎い。弟に取り返しのつかない事をさせてしまった自分が赦せない。 ここは寒い……。心が凍ってしまいそうだ。誰かに温めて欲しい。いや、駄目だ。このまま心まで冷えてしまわなければ。自分は幸せになんかなってはいけないんだ。 こんな心の中に、化け物を飼っている奴は、目を覚ましてはいけない……。 『おいっ!水祝!目を覚ませっ…!』 なんだ、声が聞こえる。やめろ。これ以上呼ぶな。 『おいってばっ!聞こえてるか!?聞こえてたら、今すぐ起きろっ!』 煩いっ……。俺の事は放っといてくれ。起きたくなんかな……。 『起きなかったら、チューするぞっ!めちゃめちゃ舌入れまくって口の中でベロンベロンするやつ!後から怒るなよっ。三秒数えて起きなかったら、ベロチュー開始だ!イーチ!ニー!サー……」 「止めろっ……」 俺は我慢出来ずに、目を開けた。目の前に玖珂の整った顔が、今にもくっつきそうで、咄嗟に痺れの残る肘で無理矢理彼の顔を押し退けた。 「あ、くそっ、起きたっ……。良かった、大丈夫か!?」 「大丈夫だ。というか、いい加減離せ」 今、小さくくそって言っただろう。聞こえたぞ。 改めて見ると、玖珂に抱き上げられた状態で、倒れた場所にいた。 「無理しちゃダメだって。意識取り戻したばかりなんだから」 まだ足にキテるだろ、と玖珂に囁やかれ、脚に痺れが残っているのに気づいた。 「くそっ……」 自分の不甲斐なさに、悪態をつくと、相変わらず負けず嫌いだな、と言われ、思わずギロリと見上げた。 「依頼人はどうした?」 「桂斗君なら、お義兄さん(お姫様)に熱烈な告白をかまして、見事に眠りから目覚めさせたぜ。それに階下には、もう一体使鬼を置いてあるから、心配するな」 「そうか。分かった……」 「水祝も、あの水に対抗してて、凄かったよ」 不満そうに返事をする俺だったが、優しく言われて、再度顔を上げた。 「何がだ?」 「あ、意識失ったから覚えてないのか。周り見てみなよ」 そう言われて部屋を見渡すと、あれだけあった床の水が、粗方引いていた。 「あ、水が……」 「凄い勢いで水が失くなっていったの、水祝の精霊がやったんだろ?」 「あぁ。俺は記憶に無いが、水皇がやってくれたのか……。」 「でもここまで水を減らしてくれたら、俺も残りを処理し易いからさ、助かった。ありがとうな」 目を細めて笑う彼が、少し眩しく感じられて、俺は気まずくなり目を逸らした。 「うん……」 褒められ、同時に水皇が応えてくれたんだと知り、じわりと喜びを噛みしめていると、チュッと小さな音と唇に温かい温度を感じた。 一瞬呆然とした意識を取り戻すと、ニコニコした玖珂の顔が目の前にあった。 「何してる」 「照れてる水祝がめっちゃ可愛すぎて、ついキスしちゃった」 「ふざけるな!お前は相変わらず頭がおかしい、うわっ……」 悪びれずにそうのたまう玖珂の頭を反射的に殴ろうとしたら、いきなり腕から下ろされた。 見るとステージの上で、ピアノの椅子に下ろされたのだと気づく。

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