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第12話

「ここからは、俺の出番っしょ。ちゃっちゃと終わらすから、まぁ見ててよ」 肩を回しながら、目を細めて不敵に笑う彼に何故かドキリと胸が鳴ったのに気づかない振りをして、俺は訊ねた。 「どうするつもりだ?」 「んー?まだ残ってる遥さんの水精霊の痕跡を完全に浄火しなくちゃならんし、あとはこのでっかい柳の木も消してあげないとな」 「木は、今は別に消さなくてもいいんじゃないか……?」 「何でそう思うの?」 「何でって……。特に悪さをしていないし、ピアノと遥さんを護ってる感じがとても桂斗君らしくて……」 「水祝」 玖珂が強く俺の名前を呼んで、言葉を遮った。そして静かに、俺の迷いを的確に突いた。 「精霊は生きてる。生きて変化し続ける。俺達人間と同じようにね。今は神秘的な慈愛を持って、心を癒してくれてる木だけど、いつ真逆に反転するか分からない。桂斗君が、自力でそれを止められるとは俺には思えない」 精霊は人間の性質次第で、聖にも魔にも変わってしまう、危うい存在だ。この柳の木も桂斗の心根次第で、人を傷つける存在になる可能性がある限り、消し去らなくてはならない。例えそれが、桂斗が大切に育んできた想いだとしても。 「分かった。浄火してくれ」 俺の同意に彼は頷くと、柳の木の下に立ち、火の印を組んだ。 「集え、火の子ら。時の灯満ち満ちて、浄火の焰を呼び起こせ。火は万物の命、祈り、意志を燃え上がらせ、全ての怒りを鎮めよ。残るは種火、熾火となり、我が手中に汝らの命を委ねよ。金狐」 厳かな低い声で、彼の一番美しく強力な妖力を持った精霊が姿を表した。 ◇ 暖かい風が、陰気で冷えた部屋の中を掻き混ぜるように吹きつけた。柳の木がさわさわと揺れ、青々とした葉が爽やかにさざめく。 玖珂の背後から大きな金色の狐の影が、ゆらりと伸び上がった。身体より巨大で壮大な九本の尻尾が扇状に広がり、先端が赤と金色の混じった美しい模様が神々しく浮き上がっている。瞳も金目に赤く光る光彩が縦長に走っていた。 「金狐、この部屋に残ってる精霊障を、全部浄火してくれ。痕は残しちゃだめだからな」 金狐は、彼の命令に応えるかのように尻尾をぐるりと回して、床や天井をさっと撫でた。すると、こびりついていた精霊の念が綺麗に取り除かれていく。 次に巨大な柳の木も、尻尾でしゅるりと優しくくるみ包んだ。すると木の姿が、段々と薄くなり、物の数十秒で完全に消えて失くなってしまった。 やはり、玖珂匠真の飼っている、Sレベルと認定された九尾の金狐の浄火の威力は、素晴らしいとしか言えなかった。 「こんなもんかな。どう?」 「あぁ、完璧に精霊障は浄火されたよ」 そう答えた俺を、これくらい当たり前だ、とばかりに、金狐は冷たく一瞥して尻尾をゆらゆらと動かした。 「よっしゃ。金狐ありがとうな。え?ご褒美……?分かった、分かった。後でな」 彼らの中で何やらこそこそ会話をしているのか、短いやりとりをした後、金狐は素直に消えていった。 「何を話していたんだ?」 「ん?あー、ちょっとね……。あっ、階下の桂斗君達の様子が心配だろ?俺が連れて行ってあげる!」 「え?ちょっ、おいっ!やめろっ、何でまた抱き上げられなきゃいけないんだ!」 「階段降りるの危ないし。運んでくから、じっとしてて」 「いや、いいっ。もう歩けるからっ……」 「いいから。これくらいさせてくれよ」 急に強引なテンションで抱き上げられたかと思うと、真剣な眼差しで射抜かれて、つい抗うのを止めてしまった。 「あの時、本当に心配したんだから。水祝が水面に倒れている所を見て、心臓が止まりそうになった」 「悪い……」 「謝って欲しくない。仕事なんだし、もっと俺がっ……。いや、何でもない」 俺の顔を見て、首を振ると、それ以上は何も言わなかった。 「もっと俺が」の後の言葉は、言われなくても分かった気がした。確かに玖珂に任せた方が危険な目に遭わず、事はスムーズに進んだに違いない。でも俺だって水精霊レベルAプラスだ。今は攻撃力が殆ど皆無でも、高レベルの精霊持ちとして、なんとか評価されるだけの成果を挙げたかった。 まだ自分の精霊と繋がる道はまだまだ遠く、険しそうだ。でも諦めずに歩み寄っていきたい。それが魔物と呼ばれたモノでも。

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