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第19話
崩れそうな体を気力だけで支える。
ここで倒れちゃダメだ。
「おや、顔色が悪いようですが?」
「いえ」
小さな否定を返すので精一杯だ。
クッ、ここまで体調に出るとは。
「そうでしょうか?」
こいつが見逃す筈がない。
「医務室はどちらでしょう。彼をお運びしす」
「大丈夫です。御木本……部長、でしたね。時間を大切にするのなら、ここで話を続けましょう」
二人きりになりたくない。
御木本……とは。
「だったら医務室で話をしませんか。あなたは少し横になった方がいい。とても顔色が悪いですよ。
横になっていても話はできます」
「そんな失礼な事」
「私は失礼だと思いません。むしろ私の申し出を断る方が失礼だと思いますがね?」
漆黒の視線が俺を飛び越えて、見定めたのは……
「藍樹君、ここは御木本部長のお言葉に甘えよう」
「課長!」
「君の責任感は認めるけれど、我慢はよくないよ。ね?」
ね?……じゃない!
「俺は元気です!」
「医務室は必要ないという事ですか」
「そうです、御木本部長」
「では仮眠室にしましょう。なにかあったら時に、すぐ横になれるように」
「そうですね」
おい、こら。課長!
勝手に話を進めるんじゃない。
「弊社はホテル業を営んでおりますので、こちらを」
あ、カードキー……
「これは失敬。ご英断、感謝します」
頭上から御木本の腕がカードキーに伸びる。
こうなったら、奪ってやる。
カードキー!!
そんでもって、食べてやる。
カードキー!!
エグゼクティブ・バトラーの辞書に『不可能』の文字はない。
「お腹壊しますよ」
げ、エグゼクティブ・バトラーの思考を読まれている。
……む。リーチの差だ。
身長で圧倒的に不利な俺は、ものの見事にカードキーを御木本に奪われてしまった。
「それでは行きましょうか、藍樹君。歩くのが辛ければ……」
「歩けます」
「そうですか」
小さくついた溜め息はカモフラージュだ。
………「昨夜はなにもなかった……なんて事はないだろう?」
俺にしか聞こえない低い声が、耳元ではためいた。
「さぁ、参りましょう」
強引に腕を引かれて、御木本の胸に倒れ込む。
スーツの下の胸板の厚さ、鼓動の熱さを俺は知っている。
「当然だ。お前が忘れる訳ない」
狙い済ましたかのような声が降ってきた。
「そうだろう?………元嫁」
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