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第30話
「違うね、お前はΩになっていない」
波の音が聞こえる。
ガードレールにもたれて見上げた空は、どこまでも青い。
海の色より高くて……
白い波が手を振っている。
大空に羽ばたいた銀翼のジェットが離れていく。
白い雲を一筋、青いキャンバスに描いて。
「けれど俺は……欲情したんだ」
発情期になって、あいつが……御木本が……
ぽんぽん
大きな掌が頭を撫でる。
「お兄様の前で泣く事は許さないよ」
俺、泣きそうな顔してたんだ。
「私がαだという事は、あいつから聞いたね。Ωになると、子を産む能力を授かる代償に雄の生殖能力を失う。種無しになるんだよ」
お前の了解なしに。
「私は、お前をΩにしない」
あなたは、俺を大切に想ってくれる。
「あなたを信じるよ」
「俺は信じてくれないのか?」
ひるがえった影は……
「なぜ……という顔だな」
「お前はカナダに」
「俺の大切な嫁だ。傷物にでもさせられては困る」
影が延びた。
腕が、肩を掴む。
「兄だろうが容赦しない」
彼岸花に突き刺さる、闇色の氷
「迎えに来た。不服か」
その手から紙がはためいた。
「カナダに行けば籍が入れられる。正式に結婚しよう」
キキキィキイィィィーッ
婚姻届が、蒼穹に飛んだ。
甲高いブレーキ音と共に。
最後に感じた体温は、御木本の腕だった。
突き飛ばされた俺には、なにが起きたのか分からない。
一台の暴走車両が目の前で横転している。
御木本の姿がない。
アスファルトに血痕が折り重なり飛んでいる。
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