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「唇」 3

 それを見て一瞬怯む。だが、すぐに樋山はいつものように優しい先輩の顔となる。 「一人は寂しくない?」  それは、誰にでも優しい人だから、一人きりの潮に同情しての言葉だろう。 「はは、いい人ぶるのも、ここまでくると気持ち悪いですね」 「潮君?」  自分は潮が絆されて懐いてくれたら嬉しいだろう。だが、やられている方の身になってほしい。  向けられる優しさを勘違いして傍にいていいのだと思わせるのだから。  だが周りからしてみれば、自分如きがと思うのだろう。サークルの部室で樋山を待っていた時だ。女子に囲まれて、自分を否定するような言葉をまくしたてられたのだから。 「俺のことは放っておいて」 「ごめん、それはできない」  どうして、皆のように傍に居ても存在しないモノとして扱えないのだろう。  見て見ぬふりをするなんて簡単なことだろう。 「もう嫌だっ」  話が通じない。もう、ここには居たくなくて行こうとするが、手を掴まれてしまう。 「待って」 「離せっ!!」  その手から逃れようと乱暴に腕をふるうが、樋山に強く腕を掴まれて抱きしめられてしまう。 「嫌だ」  潮は、ただ逃れたかった。彼の腕に爪をたてて引っ掻くが、離れることなくさらに強さを増した。 「いやだっ」  傍にいたら、また周りに酷い言葉を浴びせられる。  それなのに、その温もりは潮を包み込み、離れがたい思いにさせた。 「潮君、お願いだから逃げないで」  そう、苦しそうに吐きだされた言葉に、潮はそっと樋山の方へと顔を向けた。  そこにあるのは、いつもの優しい顔ではなく泣き出しそうな表情だった。 「あ……っ」  そう、自分がさせているのだ。 「樋山先輩」 「ごめんね、君が俺を嫌っているのは知っているのにしつこくして」  それでも離してあげられないと抱く腕に力がこもる。  すっと気持ちが落ち着いてきて、樋山の腕にできた傷に気が付く。それは自分が爪を立て、できたものだ。 「先輩、ごめんなさい」  ポケットからハンカチを取り出して傷口を押さえた。 「潮君」 「逃げないんで、離してほしいです」 「わかった」  身体が離れる。少しホッとしながらハンカチを離し、ポケットの中を漁る。確か、絆創膏があったはずだ。  目的の物に触れ、それを取り出すとよれよれとしていた。 「こんなんですみません」  無いよりはマシだろうとそれを剥がして傷口に貼った。 「ありがとう」 「いえ、もともと俺がつけた傷ですから」  少し心が落ち着いた。  感情的になっていのたは向こうも同じで、大きく息を吐く。

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