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「手」 3
ひとけのない場所までいくと、向い合せに立ち両肩を掴まれる。互い距離が近くて顔を後ろへと引き離した。
「ごめん、何もしないよ」
肩から手が離れる。
キスをされると潮が思ったのだと勘違いしたのだろう。離れたことにはホッとしたが、そんなつもりはなかった。
「やっぱり、キスが嫌だったのかな」
あの時、キスを受け入れてもらえた、そう樋山は思っていたという。
「俺が都合よく考えていただけなのかなって」
「いや、それは……」
「それじゃ、どうして拒否したの?」
樋山からしてみればそうなるのか。
手を差し伸べられて掴んだ。それにキスも受け入れた。それなのに手を払って逃げたのだから。
――これ以上、好きになるのが怖い。
頭の中に浮かんだ想いに驚いて目を見開くと、いきなり樋山に抱きつかれた。
「え、なにっ」
「今の言葉、本当?」
今の言葉とはなんのことだろう。樋山をそっと見上げるときらきらと笑顔が輝いていた。
まさか、声に出ていたのかと、口を両手で覆う。
「潮君、顔が真っ赤」
それは本人が一番よくわかっている。
今更、なかったことにはできない。気まずさと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
「もう一回、聞かせてほしい」
潮の肩に樋山が頭をのせる。胸の鼓動が跳ねたのと同時に肩が震えた。
「離れて……」
ひとまず落ち着きたいというのに、距離が更に縮まって、 のけ反ったら尻もちをついてしまった。
「潮君、もし、俺のことが好きなら、この手を掴んでほしい」
潮が何も答えないからだ。きっとこの手を掴まなければ、望んでいた生活に戻れるだろう。
静かで、何もなくて、色のない世界。
呆然としながら樋山を見上げると、きらきらと輝いて見える。
眩しくて、近寄りがたい、でも、本当は……。
「潮君」
温かい手が潮の手を握りしめる。
「手……」
「掴んでくれてありがとう」
ぎゅっと両方の手で握りしめ、唇が触れた。
「先輩」
一気に熱が上がる。
「ごめん、嬉しくて気持ちを抑えきれない」
本当に嬉しいんだと、その気持ちがつないだ手から伝染する。
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