9 / 11

「手」 3

 ひとけのない場所までいくと、向い合せに立ち両肩を掴まれる。互い距離が近くて顔を後ろへと引き離した。 「ごめん、何もしないよ」  肩から手が離れる。  キスをされると潮が思ったのだと勘違いしたのだろう。離れたことにはホッとしたが、そんなつもりはなかった。 「やっぱり、キスが嫌だったのかな」  あの時、キスを受け入れてもらえた、そう樋山は思っていたという。 「俺が都合よく考えていただけなのかなって」 「いや、それは……」 「それじゃ、どうして拒否したの?」  樋山からしてみればそうなるのか。  手を差し伸べられて掴んだ。それにキスも受け入れた。それなのに手を払って逃げたのだから。  ――これ以上、好きになるのが怖い。  頭の中に浮かんだ想いに驚いて目を見開くと、いきなり樋山に抱きつかれた。 「え、なにっ」 「今の言葉、本当?」  今の言葉とはなんのことだろう。樋山をそっと見上げるときらきらと笑顔が輝いていた。  まさか、声に出ていたのかと、口を両手で覆う。 「潮君、顔が真っ赤」  それは本人が一番よくわかっている。  今更、なかったことにはできない。気まずさと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。 「もう一回、聞かせてほしい」  潮の肩に樋山が頭をのせる。胸の鼓動が跳ねたのと同時に肩が震えた。 「離れて……」  ひとまず落ち着きたいというのに、距離が更に縮まって、 のけ反ったら尻もちをついてしまった。 「潮君、もし、俺のことが好きなら、この手を掴んでほしい」  潮が何も答えないからだ。きっとこの手を掴まなければ、望んでいた生活に戻れるだろう。  静かで、何もなくて、色のない世界。  呆然としながら樋山を見上げると、きらきらと輝いて見える。  眩しくて、近寄りがたい、でも、本当は……。 「潮君」  温かい手が潮の手を握りしめる。 「手……」 「掴んでくれてありがとう」  ぎゅっと両方の手で握りしめ、唇が触れた。 「先輩」  一気に熱が上がる。 「ごめん、嬉しくて気持ちを抑えきれない」  本当に嬉しいんだと、その気持ちがつないだ手から伝染する。

ともだちにシェアしよう!