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「手」 4

「俺は貴方が苦手でした」 「うん、気がついていたよ」 「つれない態度をとっても、何度も、何度も、俺に優しさと温かさを与えて溺れさせようとする。受け入れたらどれだけ幸せだろう、そう思いました」  そこで一旦、言葉をきって潮は立ち上がり、もう片方の手を樋山の手に重ねた。 「でも、俺は何も取り柄のない、つまらない男です。いつか嫌になって離れていく、そしてまた一人になった時を考えたら怖くて逃げました」  正直に胸の内を話すが、 「……何それ」  樋山の表情はなく、声がいつもよりも低い気がする。  もしかして怒っているのだろうか。  正直に話をしたというのに、それならこたえなければよかった。  手を振り払う。予想以上にダメージが大きい。 「言わなければよかった」  悲しみがこみ上げ、目頭が熱くなる。  泣くまいと耐えるようにこぶしを強く握りしめると、樋山がそれを包むように両手で握りしめて持ち上げる。 「潮君は自分を卑下しすぎ。何も取り柄がないつまらない男じゃないよ。それに好きすぎて気持ちが抑えきれないっていうのに、嫌になるわけないでしょ」  得意満面にいわれて、ぽかんと樋山を見る。 「だから、安心して俺の恋人にりなさいな」  そして、腕を引かれて抱きしめられた。 「わっ、樋山先輩」  潮の頭を撫でながら幸せそうに笑う樋山を見ていたら力が抜けた。 「好きだよ」  好きという言葉がこんなにも嬉しいものだとは。喜びが心の奥からじわっとわいてくる。 「わかってますから」  だけど素直な気持ちは伝えられず、口から出るのはつれない言葉だ。  それなのに樋山の口元は綻んだまま、潮の性格をわかっているからそうなのだろう。 「そうだね」  頭を撫でていた手は、甲側に向けられて指が頬と唇を撫でる。それだけで身体が震えてしまうのは、あの時を思いだすからだ。 「あ、だめっ」  唇を開くと指が中へとはいりこみ、上あごを弄り、付け根の下側舌を刺激するように二本の指で挟まれてゆるゆると動かされる。 「ひうっ」  変な声がでてしまう。何故と樋山を見ると、息が荒く興奮しているようだ。 「やっ」  こんな姿を見て喜ぶなんて。  口の端から唾液が流れ落ち、それを舌が拭うように舐めとっていく。  恋愛がなくとも樋山が何を求めているのかはわかる。だが、こういうことには慣れていない。  容量を超えて頭がくらくらとしてきた。 「え、あ、潮君!?」  足元から崩れ落ちる潮を腰に腕がまわして支えてくれた。 「先輩の、ばかぁ……」  顔を胸に押し付けると、ごめんねといいながら抱きしめて、あやすように背中をぽんぽんと叩いた。  恋人同士がするような行為は恥ずかしいけれど、こうやって抱きしめられるのは嫌じゃない。心が落ち着くから。  ホッと息をはき顔をあげると、優しい眼差しが向けられていて、潮の口元が自然と綻んだ。

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