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三沢修司(みさわ しゅうじ)1-1
三沢修司《みさわしゅうじ》は、先ほどから真剣に書類に目を通している小湊蒼士《こみなとそうし》を見ながら呟いた。
「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」
「え、何?」
小湊が三沢の言葉に顔を上げる。三沢はプリンの上にたっぷりと乗っている生クリームを舌先でベロリと舐めた。
「俺も、大人になったらただの人になるのかなぁ」
それに小湊が笑った。何とも胡散臭い笑顔だ。
「三沢は大丈夫。大人になっても天才だよ」
まるで誠意を感じない優しそうな口調に、三沢は安堵する。
「まぁ、そうだよねぇ。俺も自分が凡人になるのが想像出来ない」
「それ、人前で言うなよ」
小湊が呆れるように言う。
三沢はこの小湊という男が好きであった。作り物めいた整った顔は、いつもにこやかに笑っている。怒ったことはなく、何事もそつなくこなして人望も厚い。この男そのものが嘘で塗り固められており、そこが一緒にいて心地が良いのだ。
「さっきから何見てんの?」
体育祭、文化祭と生徒会の繁忙期も終わり、生徒会会長の小湊と、生徒会副会長の三沢はまったりと生徒会室で過ごしていた。十一月の昼下がり、温かい日差しの中で何もしないのは最高であった。
「中等部の三年生の名簿」
「何でそんなの見てんの?」
「来年、幼馴染みが入学する予定なんだ。同室の子を誰にしようかなってね」
そう言った小湊の顔はいつもと同じようにニコニコと笑顔だ。
「あれ、何か違わない?」
三沢は小湊の顔を見てそう呟いた。いつもは胡散臭い笑顔が、今は心から笑っているように思えたのだ。
「あー、わかった。その子のこと、好きなんだ」
三沢の問いかけに、小湊は何か答えることはしなかったが、相変わらず顔が嬉しそうだ。答えはイエスなのだろう。どうりで、仕事も無いのに、部活にも行かずに生徒会室に引きこもっているわけだと思った。
「蒼士ちゃんの心を射止めた子は、どんな子?」
三沢が聞くと、答えないと思った小湊が、凄く可愛くて、真っ直ぐで、強くて、とにかく凄い子なんだ、と言った。それに三沢は興味が湧いてくる。
「どこで知り合ったの?」
「三沢は、人の話聞くの好きだよね」
「そう? 人の事良く知るのは大事だよ」
「そういうもの? 俺にはよくわからないな」
確かに、人のことをよく見て気にかけているように見える小湊という男は、内心では他人など、どうでもいいと思っているはずだ。他人を気にかけるのは、そうした方が結果的に得だと思っているからに過ぎないのだろう。
もっとも三沢も、それを言ったら自分も同じだと思った。人の事を知るのが好きだ。しかしそれは、人を知ることで、どうやって人よりも優位に立てるかを考えるためだ。この思考法は、施設で育ち、虐げられることを知っているからこそ身についたもので、変えることなどできず、また変える必要もないと思っていた。
小湊はスマートフォンを取り出すと、ふいに三沢に見せてきた。
「この子なんだ」
見せられたのは何の変哲もない、ごく普通の少年の写真だ。そういえば小湊の待ち受けは、小湊とこの子の写真であったと思い、てっきり弟だと思ったが違うのかと思った。
「まだ、入学すると決まってないよね。気が早いなぁ」
「ほとんど決定だよ。奨学制度使うからね。頭もいいし、家から推薦したらほぼ通るでしょ」
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