9 / 133
綿貫碧(わたぬき あおい)1-5
にやけた豚どもが。綿貫は心の中で吐き捨てながら、カツ丼を口に放り込んだ。いや豚は綺麗好きだと言うし、案外可愛らしい。何よりもこんなに美味しいのだ。豚と一緒にしては豚に申し訳ない。しかし、人を侮蔑する言葉としては、一番当てはまる気がするので、こいつらは豚と呼ぼうと、綿貫は決めた。。
どんなに育ちが良くとも、人間の根底にある醜悪さは消せない。それは金持ちでも貧乏人でも一緒だ。ただ、世間体や持てるという余裕や教育がそれを隠しているだけで、それがなくなればその人間の本性が現れる。
こいつらの本性は薄汚い豚だというだけで、それさえわかればどうでも良かった。では、三沢はどうなのだろうかと綿貫は思う。三沢もこの学園の豚どもと一緒のはずだ。何の躊躇もなく綿貫を蹂躙しようとしている。
綿貫のことなど同じ人間だとも思っていないのだろう。三沢にとっては、ただの物でしかない。しかし、それなのに綿貫の頭から消えないのは、何故なのか。
綿貫はまた三沢の顔を思い浮かべる。そして、あぁ、あの目が違うのだと、そう思った。少し垂れた独特の雰囲気を持つ目は一見優しそうに見えるが、人を小馬鹿にしたような冷たさがあり、それでいて色っぽく、決して自分など見ないだろうという不安をかき立てもする。それは人を惹きつけるのに十分な力を持っていた。
しかし、その目の奥では、また違った色を持つ何かが潜んでいた。それは情熱とはまるで違う力を持った、仄暗い炎のような光だ。それを思い出して、綿貫は冷や水をかけられたような、ゾクリとした感覚を覚えた。
馬鹿馬鹿しい。たった一度だけ話した男相手に、何を思っているのだ。もしそういう男だとしても、それはそういう男だと言うだけで、自分に何かが向けられたわけでは無い。
ただ得体の知れない男、それだけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。そして関わるのは危険だとも思ったが、どうせ関わることも無いと安堵もした。
しかし、三沢から発せられた仄暗い光は綿貫の体に纏わり付き、いつまでも消すことが出来なかった。
ともだちにシェアしよう!