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綿貫碧(わたぬき あおい)2-2

「何をですか」  小さな声で聞いた。自分には、話すことなど何一つ無い。 「色々と。この部屋は陰気くさくて嫌いだ。俺の部屋においでよ」 「それは、でも……」 「俺の部屋、一人部屋なんだよ。ほら」  綿貫は三沢に手を掴まれると、部屋から連れ出された。  三沢は綿貫の手に自分の手を絡めてぎゅっと握ってくる。恥ずかしい思いと、面倒だなという思いが湧き出てきたが、それでも三沢の手の感触に、綿貫は別の感覚も覚えていた。  人と手を繋ぐなど、久しぶりだ。体を交えたことがあっても、こんな風に手を繋いだことなど無い。まるで親子のようだ、そして恋人同士のようだ。幼い頃、施設で大人に手を繋いで貰ったり、子ども同士で手を繋いだことはあったが、何故かそのときの感覚とも違うと思った。  あぁでも、この感じは知っている。綿貫は思う。この感じは、幼い頃、ただ一人に感じたあの時の感覚と同じだと思った。物心付いた頃からずっと一緒にいた年上の男の子。彼はいつも綿貫のそばにいた。転んで泣いたら頭を撫で、外に行く時は必ず手を繋いでくれた。そして、夜眠る時は暗闇を怖がる綿貫の隣に来てくれ話を聞かせてくれたのだ。  綿貫が人生で唯一、心から信頼し、そして必要とした人間であった。そして子どもながらに、これ以上大切な物はないと思い、誰よりも好きだと思っていた。今までも、そしてこれからも、あの子以上に大切だと思える人間も、あの子以上に好きだと思える人間も現れないだろう。そしてそれは、単に綿貫がその子を好きだからというだけではなく、人を信頼する気が無い事の裏返しでもあった。 「ほら、ね、マシでしょ。でもさすがにソファとかは置けないから、座る場所が無くてごめんね。適当に座って」  三沢の部屋は、綿貫の部屋と同じ広さではあるが、一人部屋であるため広々としている。  備え付けの机と本棚とベッドが置かれているが、その他には大きな本棚が別にあり、そこに視線をやると訳の分からない本が沢山あった。日本語だけではなく、洋書もある。 「本、好きなんですか。何か、訳の分からない本ばっかりだ」 「そうだね」  そう言って三沢はニコリと笑うと、ベッドの前に座った。 「何か飲む?」 「いえ、いらないです」 「そう。じゃあ、座ったら」  コクリと頷くと、綿貫は三沢の目の前に座った。 「しないんですか」  綿貫が聞くと、三沢が首を傾げてじっと見てきた。綿貫は三沢の目を見ることが出来ないでいる。 「何を?」 「セックス」  それに三沢は声を出して笑った。 「しないよー。何でしなくちゃいけないの」  三沢が不思議そうに聞いてくる。その言い方に何故か胸が痛む。そして、自分がおかしいことを言ったのかという気分になった。しかし、おかしいことは無いはずだと思い直す。 「え、いや、だってそのために予約したんじゃないですか」          

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