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綿貫碧(わたぬき あおい)2-3

「さっきも言ったけど、俺はあおちゃんと話がしたいだけ」 「それ、さっきも言ってましたけど、話すことなんて俺にはないですよ」 「そう? 例えばそうだなー、うーん、何話そっか」  そう言って笑う三沢の目は緩んでおり、どこか優しい。それに綿貫は笑った。 「変な人ですね、三沢さんって」 「そうかな。あおちゃんが可愛いからね、色々話を聞きたいんだ。俺だけじゃ無いと思うよ」 「そんなことありますよ。俺のことなんて、別に皆、何とも思っていません」  三沢は首を傾げると、綿貫の前髪をそっとかき上げてきた。驚いて、綿貫は体をビクリとさせる。 「前髪、切れば。目、凄い綺麗なのに勿体ないね。あぁ、でもそっか、綺麗なの、皆に知られるのも嫌だなぁ」 「何言ってるんですか。三沢さん、やっぱり変ですね」 「修司《しゅうじ》だよ」 「え?」 「修司って呼んでよ」  綿貫は、会話が噛み合っているのかいないのか、分からぬまま苦笑した。 「修司さん?」 「そう」  三沢が嬉しそうに笑った。それに綿貫も嬉しくなる。それは、この学園に来てから、初めて心が弾んだ出来事であった。 「ごめんなさい。それは、出来ません」  しかし、綿貫はそれを断った。 「何で?」  綿貫は一瞬口ごもったが、ニコニコと笑いながらも、じっと見てくる三沢の目に仄暗い光を見た気がして、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「幼い頃、施設に仲の良い子がいたんです。その子の名前が、三沢さんと同じシュウジでした」 「その子と同じ名前が嫌? 同じ名前なんていっぱいいるよね。それなのに、何で嫌なの? 好きだった?」 「えぇ、好きでした。凄く、好きでした」  適当なことを言って交わせばいいのにと思いながらも、綿貫は馬鹿正直に話しをしていた。 「過去形だったって事は、今は嫌い?」 「いえ、好きですよ。ただ、俺が小学校二年生の頃に、その子、養子で引き取られたんです」 「そっか。寂しかった?」 「えぇ、それはもう。本当に……」  寂しかったと言おうと思ったが、言う事が出来なかった。あの寂しさを誰かに話すことも、分け合う事もしたくないと思ったのだ。     

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