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綿貫碧(わたぬき あおい)2-10

「すげぇ金持ちなんだよ。親の金じゃ無くて、あの人自身が金持ってんの。すげぇ頭良くて、アプリの開発とかで一生遊んで暮らせるくらい稼いだらしいよ。金払いもいいみたい。付き合った奴、っていっても遊ばれただけだろうけどさ、色々としてくれて、エッチもすげぇ上手いんだって言ってるよ。でも、だらしないからなぁ。生徒同士で殺傷沙汰直前に行ったことも一回や二回じゃないし、女が寮に乗り込んで来たこともあるくらい」  そうなのか。綿貫は、それを聞いて意外性は感じなかったが、落胆はした。おそらく、自分に向けた温もりは、誰にでも向ける物なのだ。そして、自分と同じように勘違いをした人間が、騒ぎを起こしたのだろう。綿貫には、彼等の気持ちが分かる気がした。 「ただ、クイーン嫌いだから、クイーンからパピーは無理だろうな」 「クイーン嫌い? 何で知ってるんですか」 「前にさ、クイーンやってる奴が告白したんだよ。付き合わなくても良いから、せめて予約してほしいって。体だけでも良かったんだろうな。いじらしいってやつ? でも、三沢先輩さ、クイーンなんかを相手にするほど、飢えてないって断ったって。そのときの目が、人を見下すような目でぞっとしたって、そいつ言ってた」  「ふーん」  聞かなければ良かった。綿貫はそう思いながら体についた泡を流した。 「もう出るのか?」 「はい」 「じゃあ、またな。何かあったら言えよ」  綿貫はそれに頷くと、浴室から出て行った。  部屋に戻ると、同室の山村はベッドにカーテンを引いて寝ている。まだ起きているのかも知れないが、どちらでも一緒だと思った。  今日は最悪だった。何もかもが最悪だ。綿貫は机の上に放置された教科書に視線をやったが、勉強などする気にはならない。  綿貫は特に頭が良い訳ではないので、勉強をしないとおいて行かれる。しかし、どんなに成績が悪くても、クイーンは進級できるのだ。勉強をする意味など分からない。それどころか、ここにいる事も、生きている事さえも、意味が分からなかった。 「しゅうちゃん、どこにいるの」  綿貫はベッドに横になって呟いた。一人で眠ることは寂しい。そんなことさえ忘れていた。思い出すくらいなら、三沢になど会わなければよかった。  考えるな。忘れろ。綿貫は自分に言い聞かせながら、その夜をやり過ごした。    

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